« Mさんホームステイ中 | メイン | 2009年8月30日 »

8月

◆今年も例年通り8月15日は友人Sさんと過ごした。この日Sさんと平和を考える時 間をともに過ごすようになってもう何年になるだろうか。
 二人でイベントを企画した日々は遠くなったが、講演や集会への参加、そして昨年 の千鳥淵戦没者墓苑行きなど、毎年いくつかの情報のから行き先を決めてきた。
 今年は前日の夜になって、映画「花と兵隊」を見ることを決めた。この映画のこと  はごまめ通信舎の仲間のKさんが、7月に発行したばかりの「ごまめのつぶやき」  の中でぜひ見るよう勧められていた。

 映画はタイで暮らす未帰還の元日本兵6人へのインタビューで構成されたドキュメ ンタリー。それぞれがそれぞれの理由で戦争が終わっても日本へ帰らなかった。
 90歳前後になった6人が戦争体験(インパール作戦など)と戦後の暮らしを皆静  かに語っていた。
 声高に叫ばない分、従軍の苦しみや悲しみの深さが胸に迫った。もちろんストレー トにすさまじい体験を語る人もいた。この人は戦地で亡くなった方々800名分以上 の遺骨を今も集めている。そして自分で建立した慰霊塔に収めている。
 6人は現地の女性と結婚し、持てる技術や能力を生かしてそこで平安に生きたよう にみえる。人生の不思議といえばそう言えないことはないが、もし戦争がなかった らと思わざるをえない。

 義父は陸士出の若き将校として彼らとともに戦ったことがあったのだろうか。
 いつぞやビルマに赴いた時のことを詠んだ漢詩を見せてもらったことがあった。た ぶん現地の状況が悪くならないうちに父は別の地域へ移っていったのだろう。ベト ナムの地で敗戦を迎えた。32歳の時のことだった。

◆その義父が17日に亡くなった。1週間後に96歳になるところだった。陸軍士官学 校時代のクラスメートだった三笠宮様からのお花も届いた。
 義父の結婚式の仲人は同郷の先輩・阿南陸軍大将。その時代のエリートであった ことは間違いないが、敗戦後は地方の小さな町で静かに暮らした。
 同期生たちの中には自衛隊で最高幹部になった人も多かったという。

◆ピースデポでインターンを続ける我が家でホームステイ中の韓国の女子大生
 Mさんはこの夏広島・長崎へ行った。私もかつては4年連続で8月6日は広島
 で過ごした。
 今年は8月15日以外はデレデレ。30日の衆院選&横浜市長選にも燃えない。
 期待より諦めが先に立つ。困ったことである。
 
 Mさんの日本滞在90日間のほぼすべてが我が家でのホームステイとなった。我な がらがんばったといっていいだろう。毎朝朝食を整え、仕事に送り出し、暑さの中 
 での帰宅に快適な就寝を用意した。
 まもなく8月が終わる。Mさんは30日に帰国する。

 


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