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2009年02月25日

成長期の環境 (マゴサク日記No4)

◆一歳三ヶ月を過ぎて、マゴサクただ今乳児から幼児へ成長中。人の成長を目の当たりにするといろいろ発見があって面白い。
ハイハイ時代はもう完全に過去のこととなった。歩くことも走ることも当たり前にできるようになった。話すことはまだだが、人の真似をして「パッ」と言いながらモノを置いたり、言葉にはならず意味不明瞭ながらにクチャクチャ何かしゃべり始めた。
話しかけられたことは理解し、行動を伴えるようになった。「手を洗いましょう」と言えば母親より先に洗面所に走っていく。「あれを持ってきて」と言えば指をさした先にある本を父親に手渡す。「こんにちは」と言えば、全身を折り曲げて頭を下げる。今時だと思うのは「もしもし」と声をかけると、即座にたまたま手にしている何かを耳にあて携帯で話すマネをする。テレビの歌やダンスを楽しみ、「シューズ」といえば玄関で靴を履き、お出かけの体制をとる。

◆この成長期に、もし英語で話しかけられれば英語が身につき、中国語で話しかけられれば中国語が身につくことは歴然。生活習慣も食べ物の好みも知的関心も,
この時期与えられた環境のなかでひとつひとつ獲得していくことがよくわかる。
 その「この時期の環境」は本人が選べない。人生の幸、不幸は死ぬ時にしかわからないことだけれど、「この時期の環境」は人生に対して小さくはない影響を与えることは確かだ。

◆私が今平行して読んでいる2冊の本からも、このことがよくわかる。
 一冊は今話題作の「子どもの貧困-日本の不公平を考える」(安部彩著 岩波新書 2008.11)。その帯には「世代間連鎖を断ち切るために 健康、学力、そして将来・・・ 過酷な実態に迫る」とある。
 もう一冊は著者から贈られたもの。「東京っ子の原風景」(田村明著 公人社 2009.2)。「昭和元年東京生まれで、東京っ子を自認する著者が自分と家族を通して描く体験的、主観的東京史」というのが帯書き。
 ちなみに田村氏は法政大学名誉教授(82歳)。運輸省、日本生命、環境開発センター、横浜市企画調整局長の経歴を持つ都市政策プランナーで、まちづくりに関する著書多数。以前お隣り同士だったことがあり、田村氏の博学・博識、豊かな人生の一端を存じ上げていたのだが、75年も前に青山師範付属小学校(青山通り)へ電車通学をしていたことなど、どのような子ども時代を過ごしてこられたかがこの本で初めてわかった。

◆2冊の本は対照的な子どもの成長期の環境を著している。生きることにギリギリの親の元に育つ子ども。百科事典は英語のものしかなかったという田村家。前者は社会が許すべきでない子どもの生活水準が何かを世に問い、大人が果たすべき責任を訴えている。
 マゴサクの健やかな成長を願えば願うほど、私は同時代を生きる世界中のすべての子どもたちの現在が気になる。P2の活動が私に課せられた責任の一端を果たすことになればと思う。

2009年02月24日

たちかぜ裁判 No2 (No1:2008.7.6)

◆海上自衛隊の艦船「たちかぜ」の乗組員だったIくんが21歳の若さで京急立会川駅構内で自殺したのは2004年10月27日。上司のいじめが原因と考えた両親は1年半後の2006年4月に国を訴えて裁判を起こした。
私は「支援する会」の役員の一人としてほぼ毎回横浜地裁へ傍聴に通っている。裁判は本当にゆっくりゆっくり進んできた。原告が遠路宇都宮から参じても法廷は2、3分で終ることもしばしば。
 先週2月18日の口頭弁論は数えて17回目だった。けれどようやくここにきて動き出した。この日原告側が要求していた証人採用が認められたのだ。満席(48名)の傍聴席からは思わず「よし」の声。

 現・元自衛隊員そしてご両親の9人が法廷に立つ。証人尋問は5月27日、7月8日、9月9日の3日間に行われる。Iくんをエアガンでいじめた先輩隊員Sは、傷害罪で有罪になりすでに懲戒免職になっているが、いじめが自殺の直接の原因と認定されるかは、Iくんの友人だった現職自衛官の証言が大きな意味を持つ。

年間100名以上の自殺者を出している自衛隊。もちろん理由はいろいろだろうが、組織上の問題がないとはいえないケースも多くみられる。Iくんの場合もそう。
裁判に勝ったからといってIくんが戻ってくるわけではなし、心から喜べることにはならないが誰もが勝つことにこだわっている。自衛隊内で何が起こっていたのか、多くの人に知ってほしい。死ななくてもよかったはずの若者が自ら命を絶った現実を直視してほしいと関係者は願っている。

 

2009年02月19日

知的刺激

◆大学を出てから34年を経た2002年4月、私は一念発起して社会人のための夜間の大学院に入学した。開発協力NGOで活動する以上、もう少し開発や開発支援について勉強したいとの思いが入学の動機だった。2年間の学びを終え、開発支援におけるODAとNGOの連携をテーマになんとか修士論文を書き上げ、無事修士課程を修了した。2004年3月、もう5年も前のことになる。

◆大学院に行ったことで私は計算外の二つの幸運に恵まれた。ひとつは大学の非常勤講師になれたこと。指導教授の推薦で実現した。修士どころか博士号取得者でさえ必ずしも大学で教えられるとは限らない世の中で、私は「多文化理解」の講義を持ち、自分のこれまでの知識・経験、さらには平和と共生の社会をつくっていきたいとの思いをたくさんの大学生たちに直接伝えられる機会を得た。この上なく幸せなこと。実際、今年度の講義には90名もの受講者があり、ちょうど今提出されたレポートを読んでいるのだが、学生たちが多文化・多言語共生社会の実現をさまざまな視点からまじめに考えていることを知って講師冥利に尽きると思っている。自身勉強を深める喜びに出会いながらこの機会を大事にしたいと思っている。

◆もうひとつは「グローバルガバナンス研究会(GG研)」への参加。この研究会には国際開発論がご専門の教授と、教授の修論指導や講義を受けた人たち約10名が参加している。国家公務員、地方自治体職員、JICA職員、団体職員、民間企業社員、学生、NGOの私など。うち海外在住者2名。博士課程在籍者5名。
研究会は3ヶ月に2回ぐらいのペースで開催され、だれかが研究発表をして皆で批評しあい、先生の指導を受け、飲み会(研究会の続き)へと続く。研究のテーマ設定や内容だけでなく、研究手法や論文の書き方まで学ぶ場になり、私はいつも非日常的知的刺激を受ける。参加者は必ずコメントをしなくてはならない。人の発表を論評するのはけっこう大変で私は毎回苦しみ恥をかいている。
今回(2月14日)の発表者は2名。Ma Oさん「姜熙大(カン・ヒデ)富川市民賞特別賞受賞報告」と、Mi Oさん「中国駐在報告」。MiOさんは最近「日中関係とODA―対中ODAをめぐる政治外交史入門 」http://duan.jp/item/081.htmlを出版された。二人の業績はメンバーにとって誇りであり喜びであった。      
そんなかでの私の唯一の取り柄は市民運動・NGOの現場を語り、示すことができること。たとえば今回の研究会は2月14日だったので、私は「草の根援助運動・バレンタインカード(HP参照)」とJIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク:イラクにおける小児ガン・白血病などの医療支援活動に取り組むNGO)のチョコで支援キャンペーンのチョコレートを配った。
 成長はそれほど期待できないだろうが、私もなるべく1年に2度ぐらいは研究発表をしたいと思っている。

2009年02月10日

これから

◆8日(日)、草の根援助運動の総会が無事終った。草の根援助運動の年度は1月~12 月なので、総会は毎年この時期に開催される。2009年度の方針と予算案を皆で承認して、あらためて、今年もがんばろう!1990年3月2日の設立総会以来、私が総会を欠席したのは2005年の1回のみ。草の根援助運動は今年20年目に入る。私もついに、この道20年!
 今年の総会で、同じ歳、同じP2キャリアの武中さんが共同代表を辞任した。ジェンダーバランスを考えての二人共同代表制のなか私は現役続行を決意。
 いずれP2ネクスト(現在20代~30代の運営委員6名が参加)が、時代に対応した活動を展開する日は近い。それまでもう少し。

◆ようやくその気になって、最近は時間があれば家の中を片付けている。その時になって遺された家族が難儀しないようにと考えると、いろいろなものがけっこう大胆に捨てられる。
 本来は何でも記念に残すタイプなので、それはもうあきれるほどいろいろなものがある。大学時代にいつの間にか集めてしまった「国鉄の乗車券」の数々。新宿→信濃町(神宮球場へ)20円。東京オリンピック記念乗車券。「神宮球場の学生席の切符」。100枚を越える。「喫茶店のマッチ」。あのころはいつも喫茶店。らんぶる。これらはやっぱり残した。捨てられなかった。+テレフォンカード&パスネット。きれいな花や景色が多っかった。
 今回捨てたもの。新聞そのものと新聞切抜き。湾岸戦争、阪神淡路大震災、沖縄サミット、9.11、イラク攻撃。平和運動の関連資料は文字通り歴史物語り。湾岸戦争。自衛隊のカンボジア行き、日米ガイドライン、有事法制、フランス・中国の核実験。活動のファイルは山。会議の議事録、イベントの企画書。はがき運動。抗議声明。国連社会発展サミット(コペンハーゲン)、世界女性会議(北京)。性暴力の存在を世に問うた女性法廷。潔く、みんな捨てた。

◆草の根援助運動の活動記録。会議レジュメ・記録、国際シンポ、学習会、スタディツアー、プロポーザル、助成金申請書、P2ユース、PRRM、持続可能な開発。G8サミット、債務帳消しキャンペーン。思い切ってたくさん捨てた。本当にたくさん捨てたけれど、少し残した。
 これからどんな資料がどれくらい増えていくのだろう。