成長期の環境 (マゴサク日記No4)
◆一歳三ヶ月を過ぎて、マゴサクただ今乳児から幼児へ成長中。人の成長を目の当たりにするといろいろ発見があって面白い。
ハイハイ時代はもう完全に過去のこととなった。歩くことも走ることも当たり前にできるようになった。話すことはまだだが、人の真似をして「パッ」と言いながらモノを置いたり、言葉にはならず意味不明瞭ながらにクチャクチャ何かしゃべり始めた。
話しかけられたことは理解し、行動を伴えるようになった。「手を洗いましょう」と言えば母親より先に洗面所に走っていく。「あれを持ってきて」と言えば指をさした先にある本を父親に手渡す。「こんにちは」と言えば、全身を折り曲げて頭を下げる。今時だと思うのは「もしもし」と声をかけると、即座にたまたま手にしている何かを耳にあて携帯で話すマネをする。テレビの歌やダンスを楽しみ、「シューズ」といえば玄関で靴を履き、お出かけの体制をとる。
◆この成長期に、もし英語で話しかけられれば英語が身につき、中国語で話しかけられれば中国語が身につくことは歴然。生活習慣も食べ物の好みも知的関心も,
この時期与えられた環境のなかでひとつひとつ獲得していくことがよくわかる。
その「この時期の環境」は本人が選べない。人生の幸、不幸は死ぬ時にしかわからないことだけれど、「この時期の環境」は人生に対して小さくはない影響を与えることは確かだ。
◆私が今平行して読んでいる2冊の本からも、このことがよくわかる。
一冊は今話題作の「子どもの貧困-日本の不公平を考える」(安部彩著 岩波新書 2008.11)。その帯には「世代間連鎖を断ち切るために 健康、学力、そして将来・・・ 過酷な実態に迫る」とある。
もう一冊は著者から贈られたもの。「東京っ子の原風景」(田村明著 公人社 2009.2)。「昭和元年東京生まれで、東京っ子を自認する著者が自分と家族を通して描く体験的、主観的東京史」というのが帯書き。
ちなみに田村氏は法政大学名誉教授(82歳)。運輸省、日本生命、環境開発センター、横浜市企画調整局長の経歴を持つ都市政策プランナーで、まちづくりに関する著書多数。以前お隣り同士だったことがあり、田村氏の博学・博識、豊かな人生の一端を存じ上げていたのだが、75年も前に青山師範付属小学校(青山通り)へ電車通学をしていたことなど、どのような子ども時代を過ごしてこられたかがこの本で初めてわかった。
◆2冊の本は対照的な子どもの成長期の環境を著している。生きることにギリギリの親の元に育つ子ども。百科事典は英語のものしかなかったという田村家。前者は社会が許すべきでない子どもの生活水準が何かを世に問い、大人が果たすべき責任を訴えている。
マゴサクの健やかな成長を願えば願うほど、私は同時代を生きる世界中のすべての子どもたちの現在が気になる。P2の活動が私に課せられた責任の一端を果たすことになればと思う。