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2009年01月31日

インターネットの不思議

◆先日パソコンのハードディスクがトラブルに見舞われた。突然「Windowsを開くことができません」のメッセージ。もともとよくわかっていない私が自力で解決できるはずもなく、いつものように近所の業者さんにお願いした。

かなり重症だったとのことで3日ほど後に帰ってきたのだが、さっそく開いた受信メールを見てびっくり。P2のMLに2003年1月末に届いた運営委員Aさんのメール4通 が再送されてきたのだ。それも驚いたことにすごい日付け。
① 2015年7月16日 23:05 6年半後! ② 2017年8月6日 17:23 8年半後! ③ 2025年11月30日 23:14 16年後! ④2027年3月29日 23:07 18年後!

な、なぜ? なぜこの日? 
なぜ今届いたの???
だれか,この不思議を解明してくださ~い!

2009年01月29日

誕生日

◆「平成21年1月27日」と記載して、あらっと思った。日ごろは西暦を使っているのだが、活動で利用する県民活動サポートセンターのロッカー使用申請書に日付けを書き入れた時のこと。「昭和21年1月27日」、これは私の誕生日。今日どこかで生まれた赤ちゃんも私も、生きているかぎり同じように「生年月日:21.1.27」と書き続けることになるのだ。不思議な感じ。

◆マゴサクがお正月以来再び発熱。娘が予定してくれた女3代での私のバースデイ・ランチパーティーはキャンセルになった。夜のP2役員会を前に思いがけず一人でゆっくりできる時間ができたので映画を見に行った。私にとって今年2本目の映画「チェ 28歳の革命」。この映画が始まる前に近日上映予定の映画の宣伝が何本だったか時間にして15分。スクリーン上にはこれでもかこれでもかと戦闘、暴力、破壊のオンパレード。殺戮場面が次々と繰り広げられた。映画ってこんなにも暴力だらけだったんだと嫌気がさしてきたところで始まった「チェ」。革命物語なので当然人が殺されてばかり。本当だったら「ゲバラ、がんばれ」って贔屓しながら見るのが普通だろうけれど、私はとてもそんな心境になれなかった。ゲバラの内面や革命の必要性が説得力をもって描かれていなかった(と思う)からかもしれないのだが、ノーモア「人の死」だった。実際の世の中は映画の比ではないかもしれない。ガザへの攻撃は一応停まったが、今この瞬間にも組織的暴力の犠牲者が後を絶たないことは否定しない。

◆こうした直接的な暴力だけでなく、ヨハン・ガルテゥングが提唱した国際政治学・平和学の概念である構造的暴力(貧困、飢餓、抑圧、差別)もなくなってすべての人が幸せになれないものか。今年1本目の映画は「禅・ZEN」。曹洞宗をひらき、永平寺の開祖となった道元禅師物語だった。道元はあの世で幸せになるのではなく、この世にいて幸せを実感できることが大事だと考え禅を広げた。戦で人をたくさん殺して怨霊に苦しんでいた北条時頼に戦うことを止めさせ心の平穏を取り戻させた。
 2009年1月27日、映画館を出て一人歩いた横浜高島町。極寒の季節なのに、この時は風もなく、暖かく、平日の夕方で人も少なく、空気も澄んでいた。穏やかな平和な時間を味わえたのが私にとっては最高の誕生日祝いに思えた。                                                  

2009年01月20日

今幸せか、人生に悔いはないか

◆高校時代の同期生が新年会ということで麻布のフグ屋に集った。メンバーの一
人は人気作家S(本名Nくん)。で、この日私たちが集まることは、当日の夕刊フジで彼が担当するエッセーコーナーに紹介された。
 7名の男性と4名のオバサン(彼のエッセーによる)は、予想通りほとんど彼の独壇場となったその席をそれなりに楽しんでいたのだが、飲むほどに、酔うほどに「今幸せか、人生に悔いはないか、えっちゃん、どうだ?どうだ、ウッキー?」と女性陣への集中質問。
 人生やり直しがきくわけでなし、この歳で今さら悩むに及ばずと考える女性たちは「はい、はい、幸せです。これまでの人生、後悔してません」と答える。「うそ、この歳になったら正直に話さなくちゃいけないよ」とNくん。彼は私たちの誰かに「今幸せじゃない。人生、後悔している」と答えてほしかったのだろうと思う。

◆彼はここに集ったメンバー全員の大事な友だち、であるのだけれど、彼のこれまでの人生は、誰一人として、かする程度の経験すらしていない人並みはずれた破天荒なもの。キャッシュカードを持てないその身の上は、どこを切り取っても小説そのもの。
 紆余曲折を経て50歳でハードボイルド界の超新星としてデビューした彼の自伝的小説(週刊新潮に連載)は、若き日の主人公がマージャンや株で桁違いのお金を手に入れ、失い、人に与え、人から奪われるなかで、誰かわからない人に刺されたところ(生死不明)で終わっている。続編待望論は大きいようだが、今はまだ執筆未定とのこと。大人の男性を魅了してやまない作品の数々はヒットし、小さな本屋さんにもそれらは並ぶ。そう、彼は世間的には成功者になった。

◆次回作品は今2000枚を書き上げたところで、最後の6、70ページを残して苦闘しているとのこと。春には出るであろうその作品はすでに大物俳優主演での映画化も準備されているようだ。
 彼はこの日もいつものように私に言った。「えっちゃん、そんな、草の根みたいなケチなことなんかやめちゃってもっと遊ばなくちゃ」。彼が本当は何を言いたいのか、私も、みんなもわかっている。「今幸せか、人生に悔いはないか」、私たちは彼の答えを知っている。次回作のなかで今度は彼の人生のどこに出会うのか、期待と不安を
持って待つことになる。
 

2009年01月11日

2009年

◆イスラエルによるガザへの空爆・侵攻と、日比谷派遣村がヘッドラインニュースとなった2009年の幕開け。
過ぎ去った年がどうであっても、一から再スタートできるような気がして、誰もが希望を抱いて迎えるのが新しい年の始まり。そんな時に人生でもっとも過酷な瞬間を迎えた人々が数知れないことを知っても、何もできない私。
 2009年、私は自分の無力さに向き合いながら、結局いつもの年と変わらず、結果を得られないまま努力だけを続けていくことになるだろう。

◆第二次世界大戦が終わったあとの日本に私は生まれた。確かに豊かではなかった時代に育ったのだけれど、命が奪われる恐怖のなかに身をおくことなく今日まで生きてきた。そのなかで、逃げまどう人々をテレビで見た「ベトナム戦争」の記憶がいつまでも私を捉えて離さない。あれからずーっと求め続けてきたけれど今なお見つけられない世界の平和。

◆そして、我が家のお正月。マゴサクが風邪による40度の発熱で訪ねてくることもなく、夫婦二人の静かなものとなった・・・かというとそうでもなく、横浜駅、高島屋、箱根駅伝、鶴岡八幡宮で、それはもうイヤというほどの人・人・人の中に立ち、並び、歩いたのだった。2009年。少なくとも武力の恐怖におののく人たちがいないことは幸せなことだとあらためて思う。