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2008年12月25日

誰でもわかる「いいこと」

◆ 誰でもわかる「いいこと」をした。東横線の駅のホームで白(はく)杖(じょう)を手にした若い女性に出会った。慣れた様子で歩いていたけれど「ガイドしましょうか?」と声をかけた。長年にわたり日本点字図書館での朗読奉仕や視覚障害者食生活改善協会での対面朗読など、盲人のために本を読むボランティアを続けてきたので、慣れているところでもガイドがあれば緊張しないですむから助かるという盲人の声をたくさん聞いていた。

 「はい、お願いします」と答えた彼女に腕を貸し、並んで10歩ほど歩いたところで「どちらまでいらっしゃるの?」と尋ねた。ホームには各停渋谷行きが止まっていて急行渋谷行きを待っていたから、どの電車に案内すればいいかを確認する必要があったのだ。
 「横浜線に乗ります」。エッと私。私が声をかけなければ、彼女は渋谷方向と反対側(後方)にある横浜線の乗換え口につながるエスカレーターを背にして、どこまでも渋谷方面(前方)に向かって歩き続けてしまうところだった。多分彼女は横浜方面から各停で到着し、ホームに降り立って左に歩かなければならないところを右に歩いたのだとその時になって私は気がついた。

 実は少し急いでいたのだけれど、横浜線の乗換え口まで彼女に腕を貸した。「ありがとうございました!」「気をつけてね」と言葉を交わしたあとも私はしばらく横浜線のホームに向かって歩く彼女を見守った。

 P2の開発協力は、いつかいい結果が出ることを目指して20年もの間がんばっているのだけれど、いつかはいったいいつの日か。そんななかでのこの日の出来事。「ありがとうございました!」彼女の明るい声はだれにでもわかる「いいこと」をしたことの証明に思えた。たまにはこんな瞬間(とき)を嬉しく思ってもバチは当たらない?

2008年12月04日

源氏物語千年紀 ふたり夕顔

◆秋の終わりに、栃木県佐野市の小さな山の裾野のハーブ園「六月の森」を訪れた。ディ ナーショーで「源氏物語千年紀 ふたり夕顔」を堪能。しばし非日常、夢心地。
今年は源氏物語が世に出て千年。あちらこちらで源氏、源氏ともてはやされていたけれど、わざわざ本を読み直すことも、紫式部展に足を運ぶこともしなかった私が最後に出会ったのがこの夜の「ふたり夕顔」。地唄舞の「夕顔」と能舞「半蔀(はじとみ)の夕顔」。一夜かぎりのぜいたくなプログラムには、狂言「寝音曲(ねおんぎょく)」、能の解説、源氏物語についての話も加わった。
 地唄舞の舞台は雛人形のお内裏様とお雛様が命を吹き込まれて舞っているかのような夢舞台だった。大和色のやわらかな絹衣に包まれて夕顔を舞ったのは山村昇湖(服部真湖)。あえなく命を落としてしまう夕顔のはかなさを現して美しかった。山村流家元・山村昇の源氏は優雅でつややかだった。
そして能舞。シテは小林由美。地謡、笛、小鼓、大鼓の5人が舞台に並ぶなか、金の藤の花が浮かび上がった白い装束・長絹の夕顔が、舞台いっぱい右に左に、前に後に、静かに力強く心模様を広げて舞った。私は時を忘れ、雑事を忘れ、友の舞う夕顔にただただ見惚れた。本当にすばらしかった。
◆実はこの「源氏物語千年紀 ふたり夕顔」をプロディースしたのは由美さんご自身。彼女の本業は会場となった「六月の森(ハーブ園、レストラン、結婚式場)」のオーナー。能は学生時代からずーっと続けて40年のキャリア。彼女と私は大学時代の同級生。代返をしたりされたりした仲。前回彼女の能舞を観たのは去年の春の終わり。ハーブ園への道すがらにあるひなびた神社の小さな舞台で、散るさくらの花びらを浴びながら彼女は舞った。その日の装束は錦織なすあでやかな朱色の衣装。それはお母様の手作りとのことだった。この時は同級生7人が泊りがけで集まって楽しい時間を過ごした。代返の話に加えてRさんが授業中よく寝ていた話で盛り上がった。Rさんのお父様は誰もが知っている俳優Rさん。彼女は父親にそっくりのやさしいお顔で今はお茶の先生をしている。 
◆このときのメンバーの一人Hさんは1ヶ月前青山学院の会館で朗読の会を開催。山本周五郎の短編を情感たっぷりに読み上げた。Tさんは評論家のお兄様T氏の秘書業に大忙し。一昨年の八月十五日にはそのお兄様が企画された「八月十五日と南原繁を語る会」(東大・安田講堂)に雑用係で参加させてもらった。
 私の人生は友人が彩ってくれていることに感謝する日々である。