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      <title>『NGO主義でいこう』</title>
      <link>http://www.p2aid.com/perryblog/</link>
      <description>ペリーの「歩きながら考える」</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
      <lastBuildDate>Sun, 07 Mar 2010 17:43:32 +0900</lastBuildDate>
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         <title></title>
         <description><![CDATA[
草の根援助運動(P2)が進めている、マニラ湾の沿岸資源を守り、回復するプロジェクト。漁師たちが、自分たちの手で海を守る、それを支援するというところがポイントです。

その中心的な活動の一つが、禁漁区。
海上に、漁ができない禁漁区を決めて保護します。

P2プロジェクトでは、昨年11月に、カビテ州ナイクで約50ヘクタールを禁漁とする禁漁区プロジェクトが再スタートしました。

<img alt="DSCF9169.JPG" src="http://www.p2aid.com/perryblog/DSCF9169.JPG" width="448" height="336" />

「再」スタートというのは、この場所は2002年に一度禁漁区としたのですが、2006年の台風の際、困窮した漁師たちがそこで漁をし始めて、そのままなし崩しになってしまったという経緯から。ボランティアでこの禁漁区を守っていた漁師のラフィとローズの夫妻は、当時「悔しくて夫婦で大泣きした」といいます。でも、今はまた、二人が中心となって、海を守っています。

<img alt="213.JPG" src="http://www.p2aid.com/perryblog/213.JPG" width="448" height="336" />


昨年、日本の専門家２人に潜って見たもらった限りでは、それなりの可能性のある場所、との評価でした。

でも、うまくいけばいくほど、そこで密漁するメリットも増えます。海上なのでその取り締まりも大変。

ブイはどんなにきちんと設置しても、台風などがあると流れてしまうし、とにかく地元の漁師たちの理解と協力は絶対に必要。

プロジェクトでは、そうした広報活動と、特に若い漁師たちへのアピール、そして次世代リーダーの育成にも力を入れています。]]></description>
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         <category></category>
         <pubDate>Sun, 07 Mar 2010 17:43:32 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>マニラ湾プロジェクトについての論文執筆中</title>
         <description><![CDATA[<img alt="SEagrassStudyCRM2009 060.jpg" src="http://www.p2aid.com/perryblog/SEagrassStudyCRM2009%20060.jpg" width="314" height="235" />

論文を書いている。 
　 
　舞台はマニラ湾沿岸。８０年代後半からの、ＮＧＯと現地の漁民組織の動きなどを追っている。 

　最終的には、それぞれのプロジェクトを調べて、ＮＧＯがやってきた（やろうとしてきた）参加型プロジェクトの中身と意味を精査しよう、ということなのだけれど、今のところはその前段階。 

　調べるといろいろな人がいろいろなことを書いているし、現地ＮＧＯの資料もいろいろあるし、それなりに漁師や組織リーダーたちにもインタビューしてきているので、資料には事欠かない。 

　これをやっていて一番面白いのは、実は９０年代半ばから関わりがあったのに、いろいろなことが分かっていなかった、ということ。そしてそれが、今になっていろいろ分かってくること。 

　プロジェクトを始める前にすでに、マニラ湾沿岸コミュニティは訪れているし、１９９８年には、わが草の根援助運動としても関わり始め、２０００年代前半には、それなりのプロジェクトを展開した。 
　その全体の中での位置づけが、こうして調べていて、あ、あれってこのことだったのか、という風に見えてくる。
　経験が資料の中でつながってくる。たとえば古い映画を見ていたら「あれ？？こんなところに我が家が映ってる！」みたいな感じ。 

　話が飛んでるけれど、これは植木等の６４年の映画『日本一のホラ吹き男』の話で、最近テレビで見ていたら、なんとラストシーンで向こうの方（といってもずっと遠く）に実家が映っていたのだ。 

　それともう一つ、ようやく分かってきて面白いこと。 

　たくさん資料を集めたので、一時は多すぎて途方に暮れた。でも、読み込んでいくと、書いてあることはかなり重なっている。それをたどっていくと、なあんだ、元の資料はそれほど多くない、ということが分かってきた。 
　そうなってくると、あ、ここでもこんなこと書いてるけど、元ネタはあれだよな、という見当がついてきて、なんだかそのあたりが見えてきた感じがする。 

　思い出してみると、古くは（すごく古い）受験勉強がそうだった。断片的な知識がつながりはじめると、面白くてしょうがなくなる。全体像が見えてくるまでには、どうしてもその前に一定のモガモガあがく時間が必要なんだろうな。 

　空手では、未だにモガモガしているような気がしますが。 

　ちなみに、先週土曜日の練習で、回し蹴りが相手と宙で重なって、ねんざ。 
　左足をテーピングして、足を引きずって歩いています・・・。 

]]></description>
         <link>http://www.p2aid.com/perryblog/2010/02/post_122.html</link>
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         <category>ＮＧＯ活動</category>
         <pubDate>Tue, 23 Feb 2010 01:48:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>使うべき？しまっとくべき？５枚の皿</title>
         <description><![CDATA[<img alt="IMG_0174.JPG" src="http://www.p2aid.com/perryblog/IMG_0174.JPG" width="448" height="336" />
きょう届いた５枚の皿。

　高橋悟という陶芸家の作品で、先週あるアトリエで開かれた個人展で買ったものです。

　高橋悟氏、実は次男が小学校の時にお世話になった担任の先生でした。
　どうにも落ち着かず、自信が持てず、ワイルドなだけだった次男が、ものすごく成長した２年間。本人はあまり気づいていないようなのだけれど、親としては、よくぞ育ててくれたと感謝一杯の先生です。

　まだ低学年だった娘も、おにいちゃんの担任の先生が大好きで、教わったこともなかったのに、転任式で贈る言葉と花束贈呈を志願しました。

　数年後、学校をやめて陶芸窯を開いたという先生。陶芸教室の傍ら実績もそれなりに積み重ねて、今や立派な陶芸家です。

　そこで、展覧会のお知らせをいただいて、そこで購入してきたというわけ。

　とてもきれいな、でもあくまで実用の陶器です。

　これを、どうするか。絶対壊すからしまっておこう、と言っているのが妻。壊れてもいいから、毎日使おう、と言うのが僕。
　結論は未だ出ず。

　写真ではちょっと出ていないけれど、とてもきれいな青緑の皿です。

値段は１枚１万円。さて、どうするべき？？]]></description>
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         <category>日記</category>
         <pubDate>Sat, 20 Feb 2010 00:18:26 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>We Are the World</title>
         <description><![CDATA[２５年前、最初のWe Are the World。アメリカから帰ってまだ間もない頃で、「途上国」との関わりもなにもなかった。 
あれから自分のスタンスはずいぶん変わった。いろいろなことが分かってきたし、自分なりに活動の幅も広げた。援助、について言うべきことはたくさんある。 

でも、このビデオは、２５年前以上に、熱く、暖かくなる。 
まずはここからだ。これが人間の希望だ、と思う。 


草の根援助運動が参加する「かながわ復興支援ネットワーク」でも、こういうのをやっています。映画は終わったけれど、募金はまだ受付中。 

<a href="http://ynn-ngo.sakura.ne.jp/modules/tinyd7/">http://ynn-ngo.sakura.ne.jp/modules/tinyd7/</a> 

世界には、問題はたくさん、でも優しいまなざしもたくさん。それが大事なことだし、支援でもある。 

「人って『誰か見ていてくれる人がいる』と思えたらがんばれるし、楽しめるんじゃないかな」村松俊亮ソニーミュージックレコーズ社長 朝日新聞 2010-2-13 

(形ある支援も、もちろんよろしく）


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         <category>ＮＧＯ活動</category>
         <pubDate>Tue, 16 Feb 2010 00:45:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>参加型、とは</title>
         <description>

参加型開発、というのは、基本的には、受益者である当事者たちが自ら参加してやる、ということ。
この参加には、有名なロジャー・ハートの参加のはしごというのがあって、８段階のどこまで参加している（またはさせている）かという目安になっている。

この参加型の大前提は、当事者たちがその気になっていること。

これがとてもむずかしい。
青年海外協力隊の青年らが苦労するのもここが大きい。当事者たちにその気になってほしくて一生懸命やると、実は、「あの隊員、遠くから来てがんばっているから、助けてあげよう」という善意の参加になっていたりする。


人は日々のルーティーンに忙殺されて生きていくもの。その中で、それ以外の活動に「参加」する余裕がある人は、そう多くはない。


これを教育にあてはめてみる。

教育は、本来、受ける側＝生徒、学生の自発性で成り立つ。でも、そうである場合の方が少ない。つまりほとんどの場合、教育現場は「参加型」にはなっていない。

支援者＝教師は、その場合、どこまでそれを生徒の責任だと言えるのか？どこまで尻をたたいてやらせるべきなのか？

高校生にもなって、本人がやる気をみせないのならば、もうどうしようもない。そう思うときもある。いろいろなことで追いつめられて、この状況でもやる気が出せない生徒に、教師としてしてやるべきことはない、と思う。

でも、その、やる気の出せない状況や環境は、もともと本人の責任でつくってきたものでもない。

というよりも、そもそも本人の責任なんて、問えるのか？人間って、そういう責任の問える存在として在るのか？社会の中で、結局のところ、社会内存在としてしか生きられないのではないか？だとしたら叱咤激励して無理矢理なんとかさせていくのも、また教師の責任か？


参加型開発に戻る。

日々の生活の糧を得る活動の中で、善意と意志と気力と能力で、別の次元の活動をしようとするリーダーたち。僕が尊敬してやまない、そんなリーダーたちがいたら、それを支援するのが、多分、草の根援助運動のような小さなNGOの使命であり、できることだ。

「参加型」でない開発なんて、そもそもそんな大それた事をする資格が僕らにはない。その意味では、それは「参加型開発」ではなくて、土地の人々の進もうとする意志なのであって、僕らはそれを友人として手伝わせてもらうというだけのことだ。

そうして前に進んでいこうとする人々を助けられるのは、とてもうれしい。NGOワーカーとしても、教師としても。

さて、前に進んでいこうとしない人々には・・・。

うーむ。</description>
         <link>http://www.p2aid.com/perryblog/2010/02/post_120.html</link>
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         <category>開発をめぐる問題</category>
         <pubDate>Wed, 10 Feb 2010 00:17:22 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>NGOの撤退</title>
         <description>　きちんとしたNGOは、援助計画に撤退期を組み入れる。だらだらした援助は、依存体質をつくってしまう。誰かがなにかやってくれる、という意識が根付く前に、住民の自立の可能性を見極めて、あとはすべてを住民に委ねて去っていくのだ。

　エントリー＞活動＞撤退　で１０年のサイクル、というのがわがパートナーNGOであるフィリピンのPRRMでも、基本となっている。
　
　でも、実際には、NGOは簡単には撤退できない。
　撤退した（と思われた）ためにうまくいかなくなってしまった例がいくつもある。
　その一つの例が、僕らのプロジェクト地であるマニラ湾東側の、サンタメルセデス。
 
 ２０００年から２００３年まで、僕らはプロジェクトを実施した。そして、突然終了した。

　資金が続かなくなったからだけれど、住民組織もしっかりできていたし、なんとかなると思った。

　でも、住民－漁民の意識はちがっていた。
　NGOがこなくなった、見捨てられた、と感じたという。
　
　実際には、その後も関係者はなんども訪れている。ただ、２００３年までのプロジェクトの担当者は、プロジェクトでの雇用関係もなくなったので、当然行かなくなった。
　それが、住民たちにとっては、見捨てられた、と思ったというわけだ。
　
　そこで、NGOは撤退はできない、というのが僕の結論。プロジェクトの終了とNGOの撤退は違う。プロジェクトは終了してもいいが、NGOは関わり続ける必要がある。そして、この場合のNGOというのは、組織だけでなく、実際には「人」なのだ。

　
　そして関わり続けるNGOのやるべきことの一つが、世代交代に関わるところだ。
　NGO側も、組織側も人は歳をとり、若い者が次に出てくる。その引き継ぎをスムーズにすることが、大事な仕事になる。
　
　実際には、ぶらぶらとその土地に行き、人々と話し、状況を聞いて回るだけでいい。NGOが見てくれている、何かあったら相談に乗ってくれる人がいる、という意識が活動する住民組織への大きな支援となる。若い村民や若い組織メンバーには、そうしたNGOからの支援者がいるということ自体が、大きな支援になる。
　
　そして、その中から若者たちがなにかを求めてきたら、それはまた、援助プロジェクトの始動につながる。</description>
         <link>http://www.p2aid.com/perryblog/2010/02/ngo_2.html</link>
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         <category>開発をめぐる問題</category>
         <pubDate>Sat, 06 Feb 2010 11:35:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>住民組織の次世代育成</title>
         <description>
　住民組織は活動する組織だ。直面する問題にしっかり対処して行動する。フィリピンの現場で、僕らはそういう活発な住民組織(フィリピンの場合PO(People&apos;s Organization)と呼ばれる）をたくさん見てきた。NGOにとって、しっかりしたPOができるかどうかがプロジェクトの鍵になる。今マニラ湾で進めているプロジェクトが組織づくりのための研修を重視しているのはそのためだ。
　
　そしてしっかりした住民組織には、必ずしっかりしたリーダーが存在する。いつでも活動の先頭に立ち、準備から片付けまですべてをもっとも手間暇かけて行う、そういうリーダー。誰よりも汗をかく人。それが、住民組織のリーダーだ。
　
　ところが、そこにひとつの落とし穴がある、と最近僕は思うようになった。それは、そういうリーダーはしばしば、次世代を育てられない、ということだ。
　これは会社でも同じで、カリスマ社長は次のリーダーの育成にしばしば失敗する。ユニクロも、スタジオジブリも、自らが傑出したリーダーでありすぎるばかりに、次世代が育てられていない。

　それでも、会社組織ならば、次世代育成というのを重点課題とした部署や時期を持つことができる。
　住民組織にはそれは無理だ。当面の活動を行っていくという使命を本業とはべつのところで行わなくてはならない、そういう住民組織リーダーには、そこまでのことはなかなかできない。
　
　では、どうするか。
　そこで重要になるのが、外部の働きかけだ。
　
（この項続く）</description>
         <link>http://www.p2aid.com/perryblog/2010/01/post_119.html</link>
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         <category>ＮＧＯ活動</category>
         <pubDate>Sun, 31 Jan 2010 01:31:07 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>教育の社会的意義</title>
         <description>詳しくは書けないけれど・・・

家庭的な状況や、いままでの生活の状況など考えると、よくここまでやってきたよな、と思うような生徒。

やっぱりやめちゃうんだよなぁ。もうちょっとがんばればいいのに。

でも、ここで「がんばる」ことの大きな意味が、今ひとつ示せないもどかしさ。なにしろ卒業しても、４割が就職できない状況だ。

一方、ここで「がんばらない」ことが、今の日本のあり方の中では、まちがいなく大きな扉を自分で閉ざす行為ではある。

本田由紀『教育の職業的意義』、かつては著者が最初に反論している通り、教育の意義というのはもう少し長期的かつ抽象的なもの、と考えていた。
でも今は、それ以前に必要なことがある、とは思う。とにかく、今の社会、スタートラインに立つ以前に格差と障害が多すぎる。そこまで連れて行くことは、やはり教育の意義ではある。

『今のキャリア教育は、生徒が「勤労観・職業観」や「意志決定能力」「将来設計能力」を持たねばならない、という要求そのものは、学校や教師から生徒に対して確実に伝えられている。』
『そうした「よきもの」を持たねばならないという要請は、それらを実際に持てるようになることを、なんら保障しはしない。むしろ逆に、手段・方法を欠いた要請のみが突きつけられることは、若者にとっては混乱と困惑を増大させる方向に働きがちである。』p.148

今、がんばって学校にいることが、社会の自分の場所を確保できる手段を手に入れることにならない、そう思った生徒は、もういいや、と辞めていってしまう。それでもきっと、あとで後悔するんだけど・・・。</description>
         <link>http://www.p2aid.com/perryblog/2010/01/post_118.html</link>
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         <category>教育</category>
         <pubDate>Fri, 29 Jan 2010 00:22:46 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ハイチ地震の授業</title>
         <description>勤務する高校で、ハイチの地震について、授業で扱ってみました。


本年度、楽しくいろいろな人たちと交流しながら料理を楽しむことを目的とした「クッキング・アラカルト」という選択講座を作りました。
年間１０組の外部講師に来てもらい、毎週いろいろな料理を作ります。

この講座の2番目の目的は&quot;Think Globally, act locally&quot;。

学校出入りのパン屋さんから、地元の町内会の人にお願いした郷土料理、JICA研修員と一緒に作る寿司、ケニヤ料理、ガーナ料理、などいろいろと取り入れて、開発教育的な視点を中に入れていきます。

その講師のお一人が、昨年6月に来ていただいた、ハイチ出身の吉田カリンさんでした。

そこで、今日の1時間の授業で、次のように進めました。


１　講師である吉田カリンさんと彼女の関係するNGOが心を痛めているという
1/14の新聞記事を読み、疑問を提出

２　それに対する答を生徒から、分からないものは教師から。
何人亡くなっているか、などは答えられる生徒がいました。援助はどうやって届けるのか、などいい疑問も出ました。

３ 開発教育協会が急遽出したGlobal Expressという教材のアクティビティ４を使い、援助実績についての自分の予想答と実際の答の違いをみて、意外だったこと、分かったことを書く

ちょうど昨日日本政府が追加支援策を発表したので、タイムリーでした。ハイチとその国の関係などを解説するのにもいい題材でした。

http://www.dear.or.jp/ge/download.html

３　「養子縁組」についてのニュースを読んで、感想を提出する

このイシューは正答がないという点で開発教材向きです。
賛成反対、両論が出てきて面白くできました。ディベートなどできる学校だったら、さらに白熱するでしょう。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100122-00000587-san-int

この記事は批判的な視点なので、時間があれば、そうでないものと組み合わせるとより面白くできると思います。</description>
         <link>http://www.p2aid.com/perryblog/2010/01/post_117.html</link>
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         <category>教育</category>
         <pubDate>Thu, 28 Jan 2010 01:26:35 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>Mixi,facebook,Twitter（それにWAYNとFlickr)</title>
         <description>
　今入っているSNSは、MixiとFacebook,それに横浜ローカルの「ハマっち！」。この１ヶ月ほど、twitterもやっています。

　当然ながら、そんなに時間をかけているわけにもいかないので、それぞれほんの少しずつ。でも、それぞれ自分なりに使い分けています。
　
　
　職場関連の同僚やかつての生徒たちはMixi。

　Facebookは英語のみで、もっぱらフィリピンの人たちとの交流に使っています。現地NGO「PRRM」のスタッフや元スタッフらがみな入っているので、これも楽しい交流です。
　
　横浜周辺のNGO関係の話はハマっちで。
　
　Twitterは、まだ身近にやっている人が少ないのですが、いろいろなところで活動している人たちの断片的な情報を拾うのが、結構面白く有益です。Mixiほどにコミュニケーション的ではなくて、まさに「つぶやき」の連鎖となっている点が、SNSよりも気楽。
　
　もうひとつありました。Skypeを入れているので、普段の電話代わりの他に、アメリカ在住３０年の友人との交友に使います。
　今オハイオに住んでいる友人とは、月に１，２度、お互いの顔を見ながら、近況などを話し合っています。
　ちょうど今かかってきて、僕も訪れたことのある彼の家の庭に一面雪が降っているようすを見せてくれました。
　
　
　こうしたネットワークは、「自分が今ここにいること」を希薄にする、と言っていた人がいますが、僕はそれ以上に、自分がたくさんの人の頭で考えている、という感覚を強くします。
　
　知識について言えば、すでにかなりの部分でパソコンとインターネットが自分の脳内の知識の代用をしている感じがします。思い出せないこと、あいまいなことをその場で探せるというのは、本で調べるのとは明らかに違った、近く早い知能です。
　
　そして、感覚的な言葉と断片的な知恵が、次々に入ってくるTwetterについて言えば、脳内のニューロンがそのまま外に延びている感覚。自分が大きな脳の一部になった感覚と、その脳をまた、自分のものとしている感覚もあります。
　
　こうした社会では、パブリックとプライベートの境が曖昧になっていきます。そして、そのままグローバルな大きさへもつながっていくように思います。
　
　広井良典は、
１　食料生産はローカル～ナショナルレベル
２　工業製品やエネルギーはナショナル～リージョナルレベル
３　情報の生産・消費はグローバル
４　時間の消費はローカル
という形の経済活動を今後のひとつのかたちとして提出していますが(広井「グローバル定常化社会」）、情報に関しては、グローバルというだけではない、ローカルにもある、ナショナルにもある、それぞれの形態を複合的に使っていく、それこそユビキタスなあり方と考える方が正しいのではないかと感じています。

　あ、最後のWAYNは、面白そうなのだけれど、アカウントを持っているだけで使っていません。ついでにFlickrも。１日が48時間ない限り、それは無理ですね。</description>
         <link>http://www.p2aid.com/perryblog/2010/01/mixifacebooktwitterwaynflickr.html</link>
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         <category>雑談</category>
         <pubDate>Fri, 08 Jan 2010 01:29:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>センチメンタルな旅・大井町</title>
         <description>

　午後休みをとって、妻と東京都写真美術館へ。木村伊兵衛とブレッソンを観る計画・・・だったのだけれど、急遽大井町で降りて、昔住んでいたところを訪ね歩く旅に変わってしまいました。
　
　昨晩は３人の子どもたちもそれぞれだったので、二人だけのクリスマスイブ。二人だけというのは、多分、アメリカの最初の年、81年のイブ以来初めてのこと。
　
　そんなこんなで、ちょっと感傷的になっていたのかもしれません。
　
　いつも買い物をしていた店などをチェックしながら、結婚当初住んでいたアパートのあたりに行ってみました。鉄筋３階建ながら風呂なし、トイレ共同という変なアパートだったのですが、当時は友人たちが入れ替わり立ち替わり泊まっていったものです。
　
　すぐ裏がバイパス道路になったのは知っていたのでてっきりなくなったと思っていたのだけれど、意外なことに、建て替えられてはいたものの、よく似たたたずまいで同じところにありました。廊下にある「静かに共同で住もう」という注意書きも同じで、大家さんも変わってないようです。
　使っていた銭湯は、場所がよく分からないながら、確かここだ、という場所を発見、近くの人に聞いたらその通り、大当たりでした。妻はまったく分からなかったようだけれど。
　
　そして一番のびっくりは、そのもっと前、大学生だった僕が住んでいた、木造モルタル、六畳一間のアパートが、そのまま建っていたことでした。なにしろ今から三十年以上前で、その頃すでに、安いけれど古くさい建物だったのです。
　玄関の引き戸がアルミに変わっていたり、廊下の板が張り替えられていたりというのはあったけれど、基本はまったく変わっていず。
　　
　懐かしいというよりは、とにかくびっくり。今でもあるんだ、こんなアパートが。当時家賃が2万2千円だったのだけれど、今はいくらなのかな？
　
　アルバイトをしていた運送会社の事務所は見つからず。一方妻がアルバイトをしていた駅前のビジネスホテルは、カウンターも、その後ろのキーをかける板もおんなじでした。
　
　
　あの頃の未来に、僕は立っているのかな？
　
　うまくいっていることもあり、いかないこともあり。夜空のむこうには、もう明日が待っています。</description>
         <link>http://www.p2aid.com/perryblog/2009/12/post_116.html</link>
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         <category>日記</category>
         <pubDate>Sat, 26 Dec 2009 00:17:47 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>映画「ワンピース　ストロングワールド」</title>
         <description>

　小田栄一郎原作のマンガ「ワンピース」。
　マンガ版は大好きで、コミックスが出る日はそわそわと買ってきて、娘や息子たち（１７歳・２１歳・２５歳）と争って読みます。
　雑誌（少年ジャンプ）では読まないので、ジャンプが出る月曜日には、朝のＨＲで「先生、すごいよ、今週は「白ひげ」がね・・・」「言うな～！」というお約束が毎週生徒との間で交わされます。
　
　テレビアニメも見てないし、今回10本目だというのですが今まで映画版アニメも観たことなかったのですが、今回は敬愛する小田栄一郎が自分で総指揮したというので、娘と見に行きました。

　つまらなかった。

　「ワンピース」のすごさは、なによりもそのがっちりした世界観にあります。それぞれの登場人物の歴史の深さ、そうしたバックストーリーに裏打ちされた伏線の数々が、あ、これがあれだったのか、という別の楽しみを作っていて、かつて小説家を目指したこともある僕としては、こんなストーリー作りをする人がいるのではとても敵わない、とひたすら脱帽。

　その「ワンピース」の面白さが今回はまるっきり消えてしまっていました。
　ストーリー展開は今までに使った話の焼き直し的なものが多いし、敵役のキャラクターは平面的だし、ひねりもなにもない。台詞すら、今までに使ったものそのまま。

　メインストーリーとは別、というスペシャルな舞台だということを、計り違えたように思います。・・・というより、ストーリーと平行して進む映画はむずかしい。作者は手を出すべきではなかった、ということかな。

　この冬は、あとは「のだめカンタービレ」だな・・。</description>
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         <category>本・映画</category>
         <pubDate>Sun, 13 Dec 2009 23:13:34 +0900</pubDate>
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         <title>アメリカは好きだけど</title>
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　僕は今でもアメリカが好きです。
　これは、二十代の２年間を過ごした思い出のせい。その前からの思い入れと、その後の記憶と、・・・海外で行きたいところはたくさんあるけれど、特にフィリピンの漁村は好きな場所だけれど、・・・でも、アメリカ好き。

　ではあるけれど、「辺野古に早く決めなければ日米関係は悪化」という報道の仕方には納得がいきません。それほどにアメリカのいうことを聞く必要があるのか。そもそも、日米関係が悪化したとして、今の日本にどれほどの不利益があるのか。
　
　そもそも、日米関係の悪化を言っているのはアメリカの現政権筋でしかなくて、しかもそれは単なる脅し文句でしかない。というのも、今日米関係が「悪化」したとして、それで現実的な不利益はほとんどあり得ないからです。

　現在の日米の経済関係の中で政府が果たす役割は非常に小さくなっています。そもそも自由貿易を標榜するアメリカで、それが実際のところ建前であるにしても、それほどに政府が力を発揮できる状況に今はありません。Buy Americaキャンペーンをやっていた20年前と状況は違います。

　そして政治関係で見ると、フィリピンがいい例です。フィリピンは90年代前半、強まるピープルパワーによって、ついにアメリカ軍基地を追い出してしまいました。
　フィリピンのアメリカ好きはつとに有名で、ある調査ではフィリピン人の６０％近くが「フィリピンがアメリカの51番目の州になることを歓迎する」と答えていました。
　そのフィリピンが、アメリカ軍を追い出し、その結果アメリカとの関係はこじれたか？ほとんどそういうことは起きませんでした。

　また、現在の、たとえば北朝鮮問題を安全保障の問題として考えた場合、アメリカ追従がベストでしょうか？むしろ、中国追従の方が合理的な選択とはいえないでしょうか。経済的にも、軍事的にも、政治的にもますます大きなパワーを持つようになった中国に仲裁を頼む方が、遠くアメリカからオバマが助けに来てくれると考えて待つことよりもはるかに現実的な対処法だと思います。

　日本の政権が、交代した。それにより、日本は今までの約束には縛られず、独自の政策をとる。それを堂々と主張するのが、現政権の仕事であり、権利でもあります。

　辺野古問題でアメリカ追従する必要はない。

　辺野古の近くに大好きな宿をもち、大好きな人々をもっている者として、あの海に基地は許せません。</description>
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         <category>平和</category>
         <pubDate>Sun, 13 Dec 2009 01:31:10 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>若者たちはすごい</title>
         <description>　今週は二回、大学で授業をやらせてもらいました。

　三重大学は、大学院修士で一緒だったYさんの2講座。フィリピンへ行って援助の基本を考えるというワークショップを中心にしました。
　国際センター所属の科目なので、すべて英語です。英語でディスカッションになるので、学生たちなかなか苦戦していましたが、うまく議論になるポイントが出てきて、さすがに興味を持って来てくれた学生たちです。社会人院生の方もとても熱心にやってくださり、その方を含めて2講座連続で出てくれた人も３人もいて、うれしいかぎりでした。


　立教は、わが草の根援助運動事務局長の古澤さんが持っている講座。「非営利組織論」という講座なのでNGOのヴィジョンとミッションというような話をしました。無理矢理質問させたり、お互いに話し合ってもらったりしたけれど、よく考えてくれました。

　どちらでやっても、今時の若者たちのとにかく立派なこと。理解も的確だし、よく考えているし、すごいなあ。
　こんな若者たちが、きちんと夢を追い求めていける社会にしないといけない。それができない社会は、自滅していくんだろうな。そうでない社会を、追い求めたいものです。
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         <category>日記</category>
         <pubDate>Fri, 04 Dec 2009 23:35:09 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>福祉大でワークショップ</title>
         <description>　名古屋の日本福祉大で一日講義。
　　
　余語先生の「福祉開発」の午前と午後の２つの枠で、「問題の発見と解決」をテーマに与えられたので、ワークショップを中心とした組み立てにしました。

　前日夜出て、名鉄半田駅近くのホテルに泊。キャンパスまでは余語先生の車で連れて行っていただきました。


　前半は、「援助する前に考えよう」という、開発教育協会が出したものを自分バージョンにしたワーク。

　ネタバレになるので詳しくは書けないけれど、フィリピンを舞台に、一番基本的なところで、援助してほしい、という希望に対してどうするか、というようなことを相談しあいます。
　スライドを使い、音楽を流して、バロンタガログも持ち込んだり早く来ていた学生に密かに役割を振っておいたり、ちょっとした演劇仕立てが楽しい。
　本来この科目をとっていないという学生や事務の方も見えて、みんな生き生きと参加してくれました。

　午後は、短いビデオを見て、そこから問題点を発見して整理するというワーク。オーソドックスなKJ法を使ったのですが、ビデオの音声が出ないというアクシデントはあったものの、学生たちはみな積極的に参加してくれて、こちらもいいワークになりました。

　尊敬する余語先生と一緒に過ごすこともできて、実に楽しい一日でした。
　来年も、と声をかけられました。

　ちなみに、職場にはきちんと届けを出して許可も得ています。ねんのため。
　
　</description>
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         <category>日記</category>
         <pubDate>Thu, 22 Oct 2009 01:09:00 +0900</pubDate>
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