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『マザーテレサと生きる』

東京都写真美術館ホールで上映中の「マザーテレサと生きる」。

http://www.motherteresa.co.jp/movie_07.html

千葉茂樹監督のマザーテレサ3部作の最新作で、昨年の作品だから、マザーテレサ自身はあまり出てきません。代わりにマザーテレサの愛を受け継いだ人たちの活動が描かれています。

 コルカタの通称「死にゆく人の家」でボランティアをする日本人たちの姿から、その参加者が山谷で開いたホスピスの様子へ。
 つらそう、と思えるボランティア仕事が本当にしあわせなものであることが、伝わります。山谷のホスピスのドキュメンタリーはテレビで見たことがあったけれど、映画として作られた本作は、その感情と人の幸福感が深く感じられます。
 人と心を通わせることの幸福。相手から感謝の言葉も様子もないとしても、それでも人になにかしてあげられることの幸福。
 
 ああ、そうか、と思いました。それが「無償の愛」か。無償の愛って、一番の恩恵は自分にある。無償の愛を捧げられる幸福感なんだ。
 
 映画の中で、マザーテレサの言葉としてこんなことが伝えられます。
 
 「恋は感情。愛は意志。だからたとえ敵でも愛すことができる。」言葉通りではないけれど、こんな意味のマザーテレサの言葉に、僕はうなずけます。
 
 僕は普段からキライな人がほとんどいないというお気楽な性格なのだけれど、これは多分、それがまさに「お気楽」なので自分でそうしているような気がする。たとえヘンな、自分に対してあからさまに嫌な顔をする人がいたとしても、でもホントはいい人なんだよなこの人、と思ってしまうことで、こっちはイヤでなくなる。イヤでなくなると、その人の態度にも平気になるし、平気になるとその人のホントの部分が見えてくる。
 
 妻にはときどき、僕が批評的でないことを指摘されます。そうなんだよな。なに食べてもおいしいし、どの映画も面白いし。意識的にやっているわけでもないのだけれど、そうであることって、毎日がとっても気楽。で、これって、無償の愛の入り口付近には、いるんじゃないかな?
 
 監督の千葉茂樹氏は、以前開発教育全国研究集会で、僕が「シネリテラシー」という分科会をやったときにリソースとして来ていただいた方。というよりも、その分科会そのものが、千葉監督ご自身の面白さに触発されてできた、という感じ。
 
 打ち合わせにうかがった日本映画学校で氏とお話したとき、僕は心から、こういう風に歳を重ねたい、と思ったものです。
 氏は現在70代後半なのだけれど、闊達で好奇心いっぱい、寛容さ、暖かさ、知見の深さ、単純に表現すれば瞳の輝きが青年のような、感性豊かな方でした。
 
 79年に日参してマザーテレサのドキュメンタリーの許可を取り、それから密着取材をしていったという監督。「マザーテレサに初めて会った時に、初めて会った感じがせずとても懐かしい感じがした」そうだけれど、僕にとって千葉監督ご自身がそういう方でした。
 
 
 映画を見終わったあと、娘が、とても介護の仕事がすばらしいと思えた、と言いました。僕も同じ感じを持ちました。
 
 ただ、あの映画全体にキリストの愛が通底している。映画の魔法にかかって自分もすべて受け入れていたのだけれど、クリスチャンでない人たち-僕を含めて-には、魔法が醒めると難しい部分がでてくるかもしれない、ともちょっと思いました。

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