教育の社会的意義
詳しくは書けないけれど・・・
家庭的な状況や、いままでの生活の状況など考えると、よくここまでやってきたよな、と思うような生徒。
やっぱりやめちゃうんだよなぁ。もうちょっとがんばればいいのに。
でも、ここで「がんばる」ことの大きな意味が、今ひとつ示せないもどかしさ。なにしろ卒業しても、4割が就職できない状況だ。
一方、ここで「がんばらない」ことが、今の日本のあり方の中では、まちがいなく大きな扉を自分で閉ざす行為ではある。
本田由紀『教育の職業的意義』、かつては著者が最初に反論している通り、教育の意義というのはもう少し長期的かつ抽象的なもの、と考えていた。
でも今は、それ以前に必要なことがある、とは思う。とにかく、今の社会、スタートラインに立つ以前に格差と障害が多すぎる。そこまで連れて行くことは、やはり教育の意義ではある。
『今のキャリア教育は、生徒が「勤労観・職業観」や「意志決定能力」「将来設計能力」を持たねばならない、という要求そのものは、学校や教師から生徒に対して確実に伝えられている。』
『そうした「よきもの」を持たねばならないという要請は、それらを実際に持てるようになることを、なんら保障しはしない。むしろ逆に、手段・方法を欠いた要請のみが突きつけられることは、若者にとっては混乱と困惑を増大させる方向に働きがちである。』p.148
今、がんばって学校にいることが、社会の自分の場所を確保できる手段を手に入れることにならない、そう思った生徒は、もういいや、と辞めていってしまう。それでもきっと、あとで後悔するんだけど・・・。