Mixi,facebook,Twitter(それにWAYNとFlickr)
今入っているSNSは、MixiとFacebook,それに横浜ローカルの「ハマっち!」。この1ヶ月ほど、twitterもやっています。
当然ながら、そんなに時間をかけているわけにもいかないので、それぞれほんの少しずつ。でも、それぞれ自分なりに使い分けています。
職場関連の同僚やかつての生徒たちはMixi。
Facebookは英語のみで、もっぱらフィリピンの人たちとの交流に使っています。現地NGO「PRRM」のスタッフや元スタッフらがみな入っているので、これも楽しい交流です。
横浜周辺のNGO関係の話はハマっちで。
Twitterは、まだ身近にやっている人が少ないのですが、いろいろなところで活動している人たちの断片的な情報を拾うのが、結構面白く有益です。Mixiほどにコミュニケーション的ではなくて、まさに「つぶやき」の連鎖となっている点が、SNSよりも気楽。
もうひとつありました。Skypeを入れているので、普段の電話代わりの他に、アメリカ在住30年の友人との交友に使います。
今オハイオに住んでいる友人とは、月に1,2度、お互いの顔を見ながら、近況などを話し合っています。
ちょうど今かかってきて、僕も訪れたことのある彼の家の庭に一面雪が降っているようすを見せてくれました。
こうしたネットワークは、「自分が今ここにいること」を希薄にする、と言っていた人がいますが、僕はそれ以上に、自分がたくさんの人の頭で考えている、という感覚を強くします。
知識について言えば、すでにかなりの部分でパソコンとインターネットが自分の脳内の知識の代用をしている感じがします。思い出せないこと、あいまいなことをその場で探せるというのは、本で調べるのとは明らかに違った、近く早い知能です。
そして、感覚的な言葉と断片的な知恵が、次々に入ってくるTwetterについて言えば、脳内のニューロンがそのまま外に延びている感覚。自分が大きな脳の一部になった感覚と、その脳をまた、自分のものとしている感覚もあります。
こうした社会では、パブリックとプライベートの境が曖昧になっていきます。そして、そのままグローバルな大きさへもつながっていくように思います。
広井良典は、
1 食料生産はローカル~ナショナルレベル
2 工業製品やエネルギーはナショナル~リージョナルレベル
3 情報の生産・消費はグローバル
4 時間の消費はローカル
という形の経済活動を今後のひとつのかたちとして提出していますが(広井「グローバル定常化社会」)、情報に関しては、グローバルというだけではない、ローカルにもある、ナショナルにもある、それぞれの形態を複合的に使っていく、それこそユビキタスなあり方と考える方が正しいのではないかと感じています。
あ、最後のWAYNは、面白そうなのだけれど、アカウントを持っているだけで使っていません。ついでにFlickrも。1日が48時間ない限り、それは無理ですね。