チェ 28歳の革命

大学生の息子たちは、「戦争映画として、『プライベート・ライアン』と同じような面白さだった」と言っています。
僕も同じような感想を持ちました。
我が家では、戦闘シーンのリアルさと肉体的な恐怖感において、『プライベート・ライアン』は最高得点映画の評価を得ています(必ずしも「最高の映画」という意味ではありません)。
ゲリラ戦の平坦な苦しさ、高揚の少ない、でも日常的且つ偶発的な暴力の恐ろしさは、この映画でもまた十二分に描かれています。その点では、ゲリラ戦のリアリティを充分に描いた映画、ではある。
にも関わらず、映画としては物足りない。それは、暴力に頼るしかないと観念した者の葛藤やためらい、そして内面の成長が描かれていないからです。
キューバに渡ってからを描いているのだから仕方がない、のかもしれない。暴力革命へのためらいはすでに捨て去って、覚悟を決めてのキューバ渡航なのだから。
だとしても、革命的人間としてのチェ・ゲバラを描くのならば、だからこそ、内面の葛藤を描いてほしかった。そうでなければ、チェは単なる暴力的な人間でしかないことになってしまいます。
映画の中のチェ・ゲバラは、ためらいも見せなければ、成長も見せない。
こんな人間はいません。まだ28歳のチェの行動の中に苦悩と葛藤がなければ、あんなにも多くの人を引きつけるリーダーにはなり得ない。たとえ人々にそう見せていたとしても、その部分がなければ、人間を描いたことにはならない。
高校1年の娘は、背景知識がないのでよく分からなかった、と言いました。これもまた、映画として欠陥だと思います。
どうして彼が戦うことになったのか、なぜ彼が、人々のためには暴力革命しかないと考えたのか、そこも描かれていない。かつて三好徹が『チェ・ゲバラ伝』の中で見事に描いて見せた、82人で8人乗りのボートに乗ってキューバに渡る、その覚悟も高揚感も、映画の中には感じられません。
NYでのやたら尊大なそぶりも、信念の強さというよりは、単になにも考えていない人間にしか見えない。
むしろチェ・ゲバラという人間を歴史の中の点景に矮小化して描いた映画のように、僕には思えました。
10点満点で、5点。