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2008年09月29日

ボランティア貯金



 郵政省のボランティア貯金という制度があった。
 預金利子のうち一定の割合を寄付するもので、1991年にスタート。郵政民営化で去年廃止されてしまったのだけれど、3年前の時点で2700万の加入口座があったというから、ものすごいものだ。
 
 草の根援助運動はごく初期、93年ごろこのボランティア貯金の配分を受けた。

 草の根のボランティアになったばかりの僕の、ほぼ最初の仕事が、この担当だった。フィリピン農村再建運動PRRMの担当者とFAXでやりとりしながら(まだメールなんてなかったので)、三ヶ月に一度(だったと思う)の報告書を作っていた。年間300万円ぐらいで、ピナツボ火山の復興プロジェクトを確か2年実施した。

 当時はまだ、NGOとか開発援助が今ほど知られてなくて、配る側の郵政省もおそるおそる勉強しながら、という感じだった。多分、加入者がそんなに増えるとは思っていなかったのだろう。本来畑違いの分野に配属されてきた担当者たちは、あれこれ試行錯誤中という感じだった。

もちろん僕の方はそれに輪をかけたシロウトだったから、わけが分からないままに報告書を作り、郵政省の人に指摘されては作り直して、というようなことをしていた覚えがある。
 まだそれでもなんとかなる時代だった、ということかもしれない。

 当時フィリピンは停電がひどくて、FAXがなかなか届かなかった。
 報告書締め切り間際に停電になってしまうとつらい。こちらからは何度送っても送れないし、電話で催促しても「今停電中なので」と言われてしまうとどうしようもない。そのくせ電話代だけはかかってしまう。郵政省の人への言い訳を考えながら、夜中にひとりでヒーヒー言いながらFAX操作を繰り返していたものだ。


今回草の根援助運動は、久しぶりにボランティア貯金の配分を受けるべく申請する。貯金はなくなったけれど今までの分が資金として残っていて、それがなくなるまでは配分金があるのだ。

9月30日消印有効というので、仕事が代休の今日は事務所に詰めて申請書の仕上げ。ようやくできて、明日送れるようになった。

年間予算1000万円超、この数年懸案となっているマニラ湾の環境回復プロジェクトだ。

さて、プロジェクトは開始できるでしょうか?

2008年09月23日

無料で募金

ときどきこのブログを見てくださっているみなさん。

今回は、お知らせとお願い。
ご多分に洩れず、草の根援助運動も、いつも資金不足。
とはいいながら、「会員になって!」というのは、みなさんにも負担があって、なかなかお願いしにくい。

そこで、一切負担がかからずに募金できる方法を2つ紹介します。
これなら、いいでしょ?簡単だから、ぜひ!


1 イーココロで無料募金
ここからショッピングすると、草の根援助運動に募金がされる、という仕組み。
アフィリエイトのようなものですね。

イーココロ上の草の根援助運動HPの「スグ寄付する」から、「募金先に指定する」を押して、会員登録してください。
あとは、イーココロ経由で買い物をすると、それに応じて募金がされるのだそうな。


2 P2クレジットカードを使う。
草の根援助運動オリジナルのクレジットカード。デザインもきれいでしょ?

p2carddesignsmall.png


この写真、僕がフィリピンの漁村で撮ったものです。
フィリピンの空港でこれを出したら、売り場の人が、「これ、フィリピンの漁船じゃないか」と大喜び。
趣旨を説明したら、「みんな、ちょっと見てみろ!」と5,6人集まってきて、人気者になりました。

買い物の0.3%が草の根援助運動に入るのだけれど、
もっと大事なのはカードをつくるだけで500円入ってくること。

さらにもっと大事なのは、実は会員開拓が少ないので、
カード会社から廃止の脅しをかけられているのです

ぜひ!カードつくってください。
草の根援助運動まで、申込書を請求してください

2008年09月15日

途上国で「ぼられる」のは、フェア(その2・フェアフェア)

 前回の続き。ここからが本題。
 フェアトレードが、生産者の側から価格設定を考えるとしたら、サービスに関しても、同じことがあってもいいわけだ。それが、フェアフェア(fair fare)。僕の造語です。
 

 フィリピンのタクシー運転手は、24時間勤務して、500~800ペソ(1300円~2000円)程度の稼ぎ。1日おきに休みなく働いたとしても月収にして2万円。実際にはそんなに働けるわけはない。
 そのタクシーに乗って、200ペソ請求されたとする。30分ぐらい走って、本来なら100ペソのところだ。外国人だからと2倍の値段をつけてくるとは、馬鹿にしているのもいいところだ。ふざけるな、ぼったくりだ、足下を見てる・・・。
 
 しかしどうだろう。100ペソは250円。200ペソで500円。
 
 30分で500円のタクシー料金は、アンフェアだろうか?
 
 フィリピンは、確かに生活費は安い。でも、スタバのコーヒーは日本とそんなに変わらないし、リーバイスはやっぱり5000円では買えない。月収2万円は楽ではない。
 一方、飛行機でフィリピンに行く余裕のある日本人にとっては、30分で250円のプラス料金はとんでもない額ではない。

 2倍のぼったくり、と言えばアンフェアだ。でも、生活費としてのレベル、そして払う側の状況を考えれば、むしろ500円、あるいは1000円がフェアな値段と考えてもよい。

これがフェアフェア。「公正な対価」だ。

 このフェアフェアの問題点。

1 正当な現地価格を破壊する。
2 そもそもいくらがフェアなのか分からない。
3 フェアフェアで払ってもらえる人は限られる。
4 外国人はみなフェアフェアで、という圧力がかかる。

 その通りだけれど、実はフェアトレードも同じ問題を含んでいる。

1と2。正当な現地価格というのはある。フェアトレード会社が現地の何倍もの値段で買ったら、みなそれを目指して生産を始め、結果的に現地の生産も流通も壊してしまう。フェアフェアに関しても同じだ。その点では、2倍は高すぎるかもしれない。せいぜい5割増しぐらいのところで止めておくべきかもしれない。では、その差額はだれが儲けるのか?―支払い側、つまりフェアフェアで言えば利用者が、儲けさせてもらっているのだ。

3。フェアフェアで払ってもらえる人が限られる、というのは問題ではある。宝くじにあたるようなものかもしれないし、その情報をつかんでいる人がより多く稼げるという意味では格差を助長するかもしれない。
 これも実は、フェアトレードも同じなのだ。
 フェアトレード価格で買える業者は限られる。安定的に、長期的に、たくさんフェアトレードで買い取れるようにはなっていない。

4。多く払うと、日本人値段がつり上げられる、というような言い方がされる。これもフェアトレードも同じと考えることができる。フェアトレード業者が高く買えるのならば、他の業者も本来、その値段で買うべきだ、ということだ。

・・・これが、僕がフェアフェアと考えているものなのだけれど、どうでしょう。
 で、結局、メータータクシーの運転手さんに少し多めにチップを渡したり、高く言われた額はとりあえず値切って、あとでチップで渡したり、ということをするわけなんですが。

2008年09月08日

途上国で「ぼられる」のは、フェア (その1・フェアトレード)


 フェアトレードとは、公正(フェア)な貿易(トレード)のことだ。
 
 日本ではまだ認知度が低いが、イギリスでは95%の人がその言葉を知っている。町のスーパーに行けば、コーヒーや紅茶の棚にはたいていフェアトレード商品が並べられている。多少高くてもそちらを買うという消費者が、それなりにいるのだ。
 日本でも、スーパーのイオンなどは積極的に導入している。スターバックスにも必ずフェアトレードコーヒー豆が置いてある。これからもこのトレンドは進んでいくだろう。それが世界の趨勢だ。

 しかし、フェアトレード商品というのも、不思議な言葉ではある。ある商品がフェアトレード商品だということは、あとの商品がアンフェアトレード商品だ、と宣言していることになる。

 貿易というのは、本来フェアではないのだろうか。

 200年ほど前、イギリスの経済学者リカードは、生産性の優劣があっても、お互いの優位産業のものを作って交換すれば、双方の利益になる、という説を唱えた。この比較優位説は、今でも自由貿易の基本理論とされている。

 けれど、実際にはそうではない、と槌田敦は言う。槌田は自由貿易を「貧しい国の富を自動的に収奪し、豊かな国へ流す機構」と呼んだ(『現代砂漠化の原因は自由貿易』、槌田敦2002)。

 放っておいたら、貧しい国の富は収奪される。それを少しでもフェアにしよう、というのがフェアトレードなのだ。だから、フェアトレード商品は、生産者により高い買い取り価格を提供する。労働条件の確保とか、環境への配慮とかの条件もつけられているけれど、フェアトレードの本質は、消費者側からの価格から、生産者側からの価格への転換だ。

(この項続く)

2008年09月06日

フィリピンペソは(しばしば)地域通貨

 新聞等でときどき見かける、地域通貨というもの。さまざまなタイプがあるけれど、基本は一定の地域でのみ通用する通貨のことだ。ニューヨーク州イサカで1991年に始められたイサカ・アワーというのが有名だが、日本でも湯布院のYUFUとか千葉のピーナツとか、結構あちこちで行われている。

 その地域通貨の機能は、大きく分けて3つある。

 1 個人間のサービスを促進する。
 2 地域内経済を活性化させる。
 3 通貨流通を促進する。

1番目の、個人間サービスの例。

 体の不自由な人が、電球を交換したいのだが、自分では換えられない。とりあえずやってくれる身近な人がいないのだが、数千円払ってやってもらうほどのことでもない。
 そこで地域通貨の出番だ。参加者の登録表から、近くに住む、簡単な家のサービスをする、という人を選んで連絡した。その人は喜んで来てくれて、電球交換そのものは数分で終わり、地域通貨で100ロンを支払った。
 自分はそういうサービスはできない。そのかわり、地域図書館での音読ボランティアで地域通貨を稼いでいる。できることを登録してあるので、最近では近所の寝たきりの人のところで本を読んであげることも頼まれている・・・。

 昔ならば、地域の助け合いで済んでいたことだ。しかし、垣根越しに頼む、頼まれるというようなことができにくくなっている現在、それを復活させよう、というのが地域通貨だ。

 これが、フィリピンでは今も生きている。ペソを媒介とした、助け、助けられるという関係だ。

 町中で車をバックさせようとすると、後ろで見てくれている人がいる。オーライ、オーライの代わりにトントン、トントンと車体を叩いて知らせてくれる。やってもらった人はその人に5ペソ渡す。
 道路が陥没して、片側通行になっている。近所の人が自主的に交通整理をしている。ただし、上を切ったペットボトルを片手に持っている。通っていく車の運転手は、その中にコインを入れていく。

 小銭をせびられる、という感覚で考えると、フィリピンではあちこちでそれがある。でも、日本の感覚で「せびっている」のとはちょっと違う。なにかをやってあげる、その分を小銭で感謝する、というのが、常識の一部なのだ。
 もらうことが浅ましいわけでもなければ、上げることが失礼なことなわけでもない。ペソを通じたサービスのやりとりが、ごく普通に行われている、ということなのだ。

 マニラの交差点では、たくさんの人が、停まった車の間を縫って歩き回りながら、水やら新聞やらキャンディやらを売っている。ずいぶん危険な販売方法だが、結構買っている人はいて、それなりの商売になっているようだ。
 コンビニのすぐ前で新聞やキャンディを売っている人もいる。コンビニで買えばいいのだから買う人などいなさそうだけれど、それも結構買ってくれている。
 
 人と人との助け合い、という意識がごく近くにあるのだと思う。サービス的なことについても、お金についてもだ。

 それほど裕福でない家でも、洗濯を近所の人に頼んでいたりする。日本で考えると、贅沢、あるいは傲慢とさえ感じられることなのだが、どうも違うのではないか、と思う。できることをやってもらって、その分お金を払う、それは助け合いに近い。
 人と人との関係が近い。そこにペソという交換機能が加わって、小さな範囲での助け合いを成り立たせている。

 僕はこれが、とても地域通貨的だと思うのだけれど、どうでしょう。 
 

2008年09月04日

NGOの20年後は?

 国連大学グローバルセミナーで講師。

 自分から申し込んできた大学生たちを相手にNGOの話をしていいのだから、こっちも張り切ってしまう。NGO全般の話からその規模と限界の話、NGOの真の役割についてなど、日頃考えてきたことをまとめて話した。

 「貧困」をテーマにしたウェビングを行い、その因果関係を断つにはどうするかも考えてもらった。そのそれぞれが、今いろいろと行われているプロジェクトに対応している、という運びは結構よかったかな。時間があればさらに、そのいくつかを取り上げて利点と問題点を考えてもらってもよかったのだが。

 最後に質問されたこと。「20年後のNGOはどうなっていると思うか」。いろいろなことを考えさせてくれるいい質問だった。

 僕がNGOに関わり始めてそろそろ20年、その最初の頃夢見ていたものは、今とはだいぶ違った、オルタナティブな価値観が広く了解される世界だった。草の根援助運動の師匠格であるフィリピン農村再建運動PRRMは、それをSRDDP(持続可能な農村地域開発プログラム)と名付け、エコロジカルな状況に即した開発計画としていた。こんな未来が描けるNGOに僕は深く惹かれた。僕の修士論文は、このSRDDPの現状をめぐってのものだ。

 だけど、その計画がつくられてから20年、結局世界はそういう風にはなっていない。NGOは20世紀末のあだ花だった、などと言う研究者もいる。
 NGOはこのまま、開発下請け会社の末端になっていくのだろうか。あるいは、もっと別の未来が描ける、力を持った組織になっていくのか。

 僕にはどちらとも答えられなかった。
 
 10年前の調査では、NGOで働く人の40%ほどが30歳代だった。一昨年の調査でも、やはり30歳代。脱NGOが、かなり多い。
 NGOの夢の時代は終わったのだと思う。では、これからどうなっていくのか?NGO自身が、どういう未来像を描いていけるのか、にかかっているのではないか。

 ・・・やっぱりまだ、僕は少し、夢を見ている。