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2008年05月28日

MISIAの本気アフリカ支援

 MISIAはかなり本気でした。

 TICADにあわせた、Africa Benefit Live Yokohama。アフリカンリズムを前面に出して、歌い上げる声は圧巻。なによりも彼女の本気が伝わってくる。

 久保田利伸とユッスー・ウンドールとの3人で歌ったOne Loveは、楽しくて、明るくて、なによりもメッセージが力強い。この歌は、ウガンダで義足づくりを続けている吉田真美さんとお連れ合いのルダシングワさんが大好きな歌で、2人がつくったNGOの名前にもなっているけれど、どうしてこうも、温かく人々を勇気づけるのだろう。
 
 MISIAは、ミレニアム開発目標MDGsについても、素朴に、自分の言葉でゆっくりと説明した。昨日はちょっと間違えたそうだけれど、今日はつっかえながら、でも8つの目標をきちんと説明した。
 そして歌った歌が、28日発売という「約束の翼」という歌。
 ラブ・バラードということになっているけれど、こうして聞いてみると、なんのことはない、そのまんまMDGs応援の歌なのだ。

 そして、2月に出たアルバムにも入っている「太陽のマライカ」。アフリカの場面のスライドをバックに、人と人とのつながりを、こんなにも明るく歌い上げて。マライカというのはスワヒリ語で天使という意味だそうで、通勤の車の中で何度も聞いていた曲なのだけれど、そう聞くと、こちらも人々の連帯の歌なのか、と得心がいった。

 希望は作り出せる。僕らは、その現場にいる。そんな幸せを思った。

 NGOである「ほっとけない」の招待の形で行かせてもらったので、コンサート後は少しだけ署名と寄付金を集めるのを手伝った。こうして自分自身がやっていることが、大きな世界とつながるのだという希望。NGOに関わっていてよかったと思う瞬間。
 まあ今回は、抽選だったというコンサートに関係者として入れてもらえたことが、一番よかったことだったけど。

 ちなみに、このコンサートは7月にNHKで放送されるらしい。
 そして、31日の朝日新聞でもMISIAが紹介されるのだそうだ。

2008年05月26日

People's TICAD

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TICADの市民版、People's TICAD。参加者は250人ぐらいかな。

2時間ちょっとしか時間がないのに話すべき人が十数人いるという状態で、司会の山中さん(P2共同代表)は大変。しかし、短い時間にいろいろなメッセージが詰まって、よくここまでという具合に意義のあるものだったとは思います。

 我が家に泊まっているフリーダさんは、ODAの60%が給与に使われているおかしさとか、一番たくさんの発言をしました。それももちろんよかったのだけれど、一番印象的だった発言は、タレントであるアドゴニーさんの、「日本に来たいアフリカの人にどうアドバイスするか」という質問への答。
 アドゴニーさんらしく、熱く、でもちょっと分からないところもある日本語で答えていたので、そのままではないのだけれど、次のような趣旨の話でした。
 
 アフリカはずっと、人々が自由に行き来するところだった。昔アフリカには、ポルトガル人もフランス人もイギリス人も自由に入ってきた。そして自由に人々を連れて行った。アフリカの中でも人々は国境なんてなくて、自由に動き回っていた。今だって、アフリカの人の8割は、他のところへ行くのにビザなどというものが必要だなんて知らない。アフリカ人はもともと、自由にどこだって行けた。
 ただ、現実的には何の準備もなく日本に来ても、なにもできない。だからまず、日本語を教えてあげてください。

 最後の部分は質問に対する答だから仕方ないけれど、この答はグローバリゼーションの本質をよく突いた答だと思いました。つまり、グローバリゼーションというのは世界が小さくなり、国境が低くなり、モノもお金も自由に行き来することができる動きだけれど、「途上国」の人々にとってはまったくそうではない。送り出すべきものもお金もないし、人の移動も、経済的にも法的にも大きな制限を受けている。勝手に線を引き、勝手なルールをつくり、勝手に自由を叫んでいるのは、まったくのところ「先進国」の一部の人々に過ぎないのだ・・・。
 
 ある意味では、支援するのだからとアフリカの人々を呼んで会議をやる、このTICADというものもまた、こちらの勝手なルール。しかも、これはフリーダさんも怒っているのだが、日本政府は公式に招待しているはずのNGO代表に、TICAD本会議の出席チケットを人数分も出さないという身勝手さ。これ以上の失礼はないというぐらいの、尊大さがにじみ出てしまった今回の対応でした。

 昨日日本に来たばかりで一日動き回っていたフリーダさんはさすがに疲れていたけれど、我が家で夕食を食べ、P2スタッフの中島さんと話し、妻ともアフリカの現状などいろいろ話して少し元気になったよう。
 妻も、とてもアトラクティブな人、と魅了されたようでした。

 

 

2008年05月25日

ケニアからの来客

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フリーダ・ムゴさん。Global Coalition Against Poverty(GCAP)という世界的な貧困削減ネットワークのケニア代表。

土曜日の夜10時に我が家に到着。ナイロビ―ドーハ―関西空港―羽田空港―横浜というロングトリップで、しかも明日(今日)の朝10時には神奈川県民ホールへ行って、午後のイベント「People's TICAD」の打ち合わせをしなければならないという、かなりの強行スケジュール。それが目的のひとつだから仕方ないけれど。
 でも、家族の話や4年間住んでいたというニューヨーク州イサカの話(コーネル大学で博士号までとられた)などで盛り上がりました。
 3人の子どもたちのうち下の2人は双子なのだそう。それがお連れ合いのキクユ族では素晴らしいことですごく祝福され、一方自分の部族では悪いことになっていて誰も祝ってくれなかった、とか。
 私の妻の名前Miyokoというのは、彼女の部族の言葉ではキャッサバ芋を意味する、とか。

 真夜中まで盛り上がりました。

 明日のイベントは面白そうなのだけれど、スピーカーが多すぎて、細切れの話になってしまうのは必至。外務省、世界銀行から朝日新聞、横浜商工会議所まで後援するという規模の大きさだから、しょうがないのだけれど。
 僕は特に関わっているわけではないので、フリーダさんを会場まで送ったら、・・・午後2時のスタートまで、・・・なにをしよう??

2008年05月24日

ボツワナの歌と踊り(八景島)

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 近づいてきたアフリカ開発会議(TICAD)。僕はこれにはあまり関わっていないが、共同代表の山中悦子さんがTICAD市民社会フォーラムメンバーとして東奔西走の活躍中。昨日新聞でも大々的に報じられていた「パス」問題でも、外務省に交渉に行っています。山中さん宅に滞在中のギュスターブ氏も各地で講演やインタビューなど大忙し。
 
 写真は、23日金曜日、八景島シーパラダイスで。ボツワナのパテ・ヤ・セツオというグループが踊り、歌ってくれていました。シーパラのTICAD協力キャンペーンの一環としてのものらしいけれど、残念ながら来場者にはちょっとキワモノ的なアトラクションのひとつにしか見えてない様子で、立ち止まる人も少ない。付き添ってきているボツワナ大使館の方も、残念がっていました。
 楽しげで、しかも見事に息が合っていて、すばらしいものだったのですが。
 ダンサーの方とも少し話したのだけれど、見事な英語で、日本のテクノロジーに改めて驚いた、けれどボツワナもいいところだから絶対来てみるべき、というような話をしてくれました。

 明日は我が家にもケニアからのゲストが宿泊予定です。
 
 

2008年05月23日

インド・山岳民族の保健衛生プロジェクト

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インド・オリッサ州での山岳少数民族プロジェクトです。
女性たちは、各村一人づつ出てもらっている「コミュニケーター」たち。定期的にセンターに来て、こうして講習を受けてそれを村に持ち帰ります。右側は講師を務めている医者です。

この時は、下痢の対処法を学んでいました。

ただ、各村から別のプロジェクトで来ている男性たちと会えるので、コミュニケーターたちは前の晩遅くまで踊り明かしていてほとんど徹夜、講習ではかなり眠そうでした。

 大事なこと、頭に入ってるのかなぁ・・・。

2008年05月22日

夏の高校教育会館講座

 毎年8月、神奈川県高校教育会館から委託を受けて、高校教員向けのワークショップセミナーをコーディネートしています。ネットワークを使って講師を依頼し、セミナーを組み立てていくのは、気を使うけれどかなり楽しい作業です。

 広報はまだやっていませんが、ほぼ次の陣容に決定!

 8/4 西あいさん(開発教育協会)
 8/5 白木朋子さん(ACE)
 8/6 中村絵乃さん(開発教育協会)
 8/7 浜田祐子さん(かながわ開発教育センター)
 8/8 佐藤友紀さん(開発教育協会大阪事務所)

「小野さん好みの女性ばっかりじゃない」と事務局長の石塚さんにからかわれたけれど、決してそういうわけではありません。たまたまです、たまたま。
 ただ、NGOや開発教育の世界では、女性がやたらに元気だというのも確かで、草の根援助運動のスタディツアーやセミナーでも、いつも女性の方が多く、圧倒されています。

 そういえば、これもたまたまですが、今回お願いしている講師には、共通点がひとつ。お一人を除いて、4人がアメリカかイギリス滞在の経験者。開発教育というものの特性とも言えるけれど、軽やかに世界を駆け巡る女性たちの生き生きとした活躍ぶりは、見ていてワクワク。8月のセミナーが楽しみです。
 あ、やっぱり僕の好みか。

2008年05月21日

国民総幸福は国民総充足ということらしい

 外務省が国民総幸福(GNH)をタイトルとしたシンポジウムを開いたのは2005年。ブータンが理念としていると言われるGNHが一躍脚光を浴びた年だった。

 はじめてGNHという言葉を聞いた人の誰もが思うのが、幸福というあいまいなものを、どうやって指標にするのだろう、ということ。その答があるのかと思った外務省のシンポジウムでも、指標化の話はごく軽く触れられただけで、ブータンの暮らしぶりの紹介が主になっていた。

 指標に近いものは、国連開発計画の人間開発指数や、レイチェスター大学の世界幸福地図などいろいろと考えられている。しかし、『ブータンに魅せられて』今枝由郎2008・岩波新書によれば、もともとGNHというのは、そうした指標化を意図したものではないらしい。今枝は、ブータン国王に謁見した折に聞いたこととして、次のように書いている。
 
「仏教国としては、経済発展が究極目標でないことは、経済基盤が必須であることと同様、自明のことである。そこで仏教国の究極目的として掲げたもの、それが「国民総幸福」である。」

「私が意図したことは、むしろ「充足」(contenendness)である。それは、ある目標に向かって努力する時、そしてそれが達成された時に、誰もが感じることである。この充足感を持てることが、人間にとってもっとも大切なことである。」

 これでは、指標化することはできないだろう。例えば物を所有することが幸福なのではなく、目標の達成こそが幸福、というのは理念的には受け入れられても、社会の目標とすることはむずかしいと感じられる。

 僕はフィリピンの漁村と「オルタナティブな開発」を研究する中で、一時この人々の充足感のようなものを調べようとして、挫折した。
 忙しいが心を失いつつある僕らと、経済的には貧しいがのんびりしたフィリピンの漁村の生活を比べると「フィリピンの方がいい」という漠然とした気分を仮説として考えていたのだが、数値化もできず、論文として成り立たない。これはやはり、一種の哲学になるからだ。

 でも、そういう社会がもう一度どこかに出現するかもしれない、という淡い期待はある。ありえない?・・・そうかもしれないけれど。ブータンは、どうなるのかな・・。

2008年05月20日

興味の持続がむずかしい生徒への開発教育

 newsの方でお知らせしているインドNGOスタッフを、勤務している高校でも呼ぶことにした。話を聞くのは苦手な生徒たちに、どうやって興味を持たせるか、これから思案のしどころ。
 
 最近考えている、「興味の持続がむずかしい生徒たちに対する開発教育」のいくつかのアイデア。

1 ワークショップは、その目的をきちんと説明しながら行う。
 生徒たちは、先生の指示を一方的に聞かされ動かされることにうんざりしている。これから何をするのか、今何のためにこんなことをしているのか、分からないままに動かされるのは、本来のワークショップの目指すところとは逆になる。
 きちんと説明すると、むしろきちんと対応してくれるものだ。

2 準備は十分に。
 これくらいは知っているだろう、という思い込みは、たいてい失敗する。根本的なところで、何が分からないのかを十分把握しておかないと、結局話が空回りするばかり。そして、ワークショップではちょっとした失敗が一気に生徒たちの興味を殺いでしまう。分かりのいい生徒たちを相手にするよりも、準備を周到にする必要がある。

3 発言をうまく吸い上げる。
 これはワークショップの基本ではあるけれど、何気なく言った一言の中に重要なヒントが隠されていることがとても多い。生徒の実感から言った言葉は、うまく拾い上げて次につなげるとお互いに満足感の多い授業ができる。

4 時間には十二分の余裕を持つ。
 作業や説明が不十分なままに進めると、結局分からなくなる。合間の雑談もとても大事。

・・・生徒たちにどう受け取ってもらえるか、楽しみ。

2008年05月19日

ブータンの近代化は

国民総幸福(GNH)が数年前話題になったブータンは、非常に興味深い国だ。

まず、入国がとてもむずかしい。現在はある程度受け入れるようになったものの、ぶらっと観光で歩き回れる国ではない。
 
99年まで、テレビ放送もなかった。今でも国の多くの人々は民族衣装を着て、ゆったりとしたペースで暮らしている。

2006年、国王が自ら退位を宣言、皇太子に国王位を譲った。しかも国王自らが民主制度を進める改革を打ち出している。

 この国がこれからどうなっていくのか。『ブータンに魅せられて』(今枝由郎/岩波新書)を読むと、人々はゆっくりと改革を受け入れながらも自分たちの価値観を大切にしていくように見える。

「今でも国民の大半が、男も女も各々「ゴ」および「キラ」という民族衣装がもっとも着やすく落ち着ける衣装だと感じており、それに愛着と誇りを持っている」(p.125)のだという。

 『ブータンにみる開発の概念』(上田晶子・明石書店)は、若者に焦点を当てているので、もう少し大きな変化が見て取れる。「実際問題、民族衣装をいつもいつも着るのは不便なこともあるというのは若者たちに共通の反応である」(p.261)と上田は書いている。

 ブータン初のDJジグメは、2002年、ブータン初のライブハウスを開いた。若者たちにクールな西洋文化をどんどん紹介したい、と彼は言っていた(NHK・BSドキュメンタリー「ブータン・青春ラプソディ」2007年1月放送)。また、別のドキュメンタリーでも、一部では急速に変わりつつある、しかし一方ではまだ伝統が根付いている現代のブータンが紹介されていた。

 しばしば開発のアンチテーゼとして、あるいは「脱開発」のユートピアとして僕らが夢想する、ブータンのスタイル。でも、僕自身、そうした生活に満足できるかどうかはかなり微妙だし、現代日本の若者のほとんどには無理なことだろう。
 そうした伝統文化崩壊過程が劇的に描かれていたのは本とビデオで紹介されている『ラダック・懐かしい未来』(ヘレナ・ノーバーグ・ホッジ/山と渓谷社)だった。

 さて、10年後のブータン、どうなっているだろう。祈りたい気持ちが半分、諦めに近い気持ちが半分。
 一度は見てみたい国だ。(でも、寒そう・・・)
 

2008年05月16日

サザンオールスターズ解散??

 12日の東スポに「サザンオールスターズ解散」というニュースが載ったのだそうだ。なにしろ東スポだから信用してもね、と言いながら、ファンはドキドキ。19日になにか発表があるというのは公式ウェブに書いてあるのだけれど、さて、なにがあるのだろう。
 
 今年は、サザンのデビュー30周年。僕のファン暦も30年。
 1978年、湘南の国道134号線を走る友人の車の中で聴いたのが「勝手にシンドバッド」。
 
 初めて歌が自分たちのものだと感じられた瞬間だった。
 
 それまで聴いていた日本の曲は、そのどれもが、未熟だったり疎遠だったり年上だったりで、いいものもたくさんあったけれど、僕らの曲ではなかった。この「勝手にシンドバッド」は、ものすごく変な歌、変な声だったけれど、僕らの歌だ、と思った。
 あとで聞けば、ボーカリストは僕らと同じ歳、車の持ち主のNとは高校も一緒(学年は一年上)。ジャケット写真ではよく分からなかった女性メンバーらしい人はまったくの同学年。僕らの文化の中からでてきたグループだった。
 
 初めて行ったライブは、1981年の夏。僕と妻がアメリカに引っ越す数週間前で、友人たちと、今はなき田園調布コロシアムで熱狂しまくった。4枚目のアルバム「ステレオ太陽族」が出たばかりで、僕と妻はアメリカへ行っても何度も何度もそれを聞いていた。
 日本の友人がシングルをまとめて送ってくれた「わすれじのレイドバック」や「いなせなロコモーション」を聞きながらキャンプ生活をしていた82年の夏の、寂しく熱い思いも忘れない。

 それからもずっとサザン。子どもたちもサザンを聞きながら育ってきた。今年24歳の長男も、4歳のときからコンサートに行っている。3人の子どもを連れて行った桜木町臨海パークでのコンサートは、喉が渇いてつらかった。アルバム「Young Love」を聞くと、うちの家族はみな、北海道一周キャンプ旅行を思い出す。

 桑田佳祐が僕のことを知らないはずはない。だって、こんなに昔からの友人なんだから。

 僕らの上の世代にとってのビートルズが、こういう風だったのだろう。ある人々にとっては、美空ひばりが、そうだったのだろう。僕にとってはサザンオールスターズ。一緒に歳を取ってこられた幸せを感じている(一方的?いや、絶対向こうもこっちのこと知ってるって)。

 ああ、19日が楽しみ(心配)だ。

2008年05月15日

組織のリーダー(集団)―『学力を育てる』志水宏吉


志水宏吉は、階層的な背景による学力格差を克服している学校を、「効果のある学校」(effective schools)として、次の7つの共通要因を持っているとしている(『学力を育てる』岩波新書)。

 その7つとは・・・

1 子どもを荒れさせない
2 子どもをエンパワーする集団づくり
3 チーム力を大切にする学校運営
4 実践志向の積極的な学校文化
5 地域と連携する学校づくり
6 基礎学力定着のためのシステム
7 リーダーとリーダーシップの存在

 志水は主に小・中学校について語っているのだけれど、問題を抱えた生徒を多数預かっている高校に勤務している者として、僕にはこのどれもが実にうなずける。同時にこれは、開発援助における農漁村の組織づくりともぴったり重なる話だ。

 7について、志水はこう書いている。
 「日本の学校の場合は、必ずしもリーダー=校長というわけではない。重要なことは、教務主任や学年代表といったミドルリーダーをふくめ、リーダーが層として存在することである。効果のある学校で発揮されているリーダーシップとは、実際にはそのリーダー層とその他の教師たちとの円滑なコミュニケーションであり、一人ひとりの教師の積極的参加と学校への愛着の促進である。」

 人間が何人か集まって動くとき、そこにリーダー的な「層」ができる。この層がいかに熱く、真剣に、しかも楽しく笑いながら動くかが集団のポイントだろう。

 農村や漁村の開発を進めるときにも同じことが起きる。
 リーダーというのは、一人ではない。カリスマがいることが効果的なのでもない。自主性を持ったリーダー層が存在し、そのリーダー層が若手グループを楽しく活性化させていくのが、多分、組織の鍵なのだ。

2008年05月12日

パソコンの一日

NEWSで報告されている運営委員合宿には、仕事がらみで土・日とも用があったので(本業は他にあるのです)不参加。多分15年ほど前からずっと行われているこの時期の合宿に、参加しなかったのは初めてです。若い人参加者も多くて楽しそうだったのに、残念。

 そうして空いた昨日今日の時間は、パソコンの時間。

 息子が一台必要になり、妻も仕事用がほしいというので、三人で近くのアウトレットへ。
 ブランド品ではないけれど、驚くほどに安い。

 数日前ハードディスクがクラッシュして起動しなくなった自宅用パソコン(自家製)、ハードディスクとOSを買うつもりだったのだけれど、製品を買ってしまったほうが安いと分かり、二台のパソコンを買って帰ってきたのでした。自分で組み立てたりするのが好きな身としては、なんだか複雑な気分です。
 これで我が家には今、動くパソコンが四台(うち二台は大学生の息子たちのもの)、一応使える古いものが二台、動かないものが二台。それにしても多いね。僕が使うものだけでも、ワープロ専用機から乗り換えたMS-DOSベースのダイナブックから数えても、すでに十台ぐらい買い換えたことになる。
 なんだかすみません。

 これ以上マイクロソフトに貢ぎたくないので、MSオフィスのかわりにオープンオフィスを入れ、アンチウィルスソフトもavast!というフリーソフトを入れてみました。

 この数日続けている草の根援助運動ウェブページの改訂作業も継続。かなり整理されてきました。情報も、今まで載せていなかった収支報告書や事業報告書、ニュースレターも見られるようにしました。
 ホームページトップの写真は、昨年夏マリンデュケ島で調査した時のもの。明るい海に見えますが、実はかなり曇っていたのでかなり加工しています。
 

 明日からの一週間は、職場で色々ありそうで、ちょっと気が重い。のんびりした二日間でした。

2008年05月09日

ラフィ

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 尊敬する友人の、ラフィ。
 マニラ湾岸に住む漁師で、漁民組合のリーダーで、あちこちの組織の支援をするリーダーでもあって。
 現実をよく認識していて、それでも夢を失わず、理想を追い求める。明るく、めげず、自分の苦労などいとわず、ごく自然に他の人たちのために動ける人。
 NGO活動でうれしいのは、そんな尊敬できる人々に、あちこちで会えることです。

 フィリピンは、今がsummer。一番いい季節です。暑いけどね。

2008年05月01日

良い自由と悪い自由

 『ライラの冒険』のところで書いたことがそのまま書かれているものを見つけた。『新自由主義』(デヴィッド・ハーヴェイ、渡辺治監訳、作品社)だ。

「自由という言葉は、アメリカ人の常識的理解の中であまりにも広く共鳴を受けるので、それは「大衆への扉を開くためのエリートたちの押しボタン」になってしまい、ほとんどあらゆるものを正当化する。」

「アメリカでは個人的自由の価値は第一義的なものとして、音楽やポピュラー文化の中でこらまでもずっと祝福を受けてきた。」

 ハーヴェイは、68年の学生たちの政治的反乱や芸術の自由を求めるカウンターカルチャーが、いかに新自由主義に取り込まれていったかを丹念に検討している。

 新自由主義という自由を食い物にする思想が、ポランニーのいう「良い自由」を掻き消して、「悪い自由(仲間を食い物にする自由、コミュニティにふさわしい貢献をしないで法外な利益を得る自由など)」をはびこらせていく。

 かなり意識的にならない限り、新自由主義のはびこる根を取り去ることはできないだろう。
(この項つづく)