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2008年03月31日

フィリピンの米高騰

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フィリピンの米の値段が上がっているそうだ。

3月にフィリピンの米市場で必要だった米は55万トン、それに対して実際に流通したのは32万トンあまり。半分ぐらいしか出回らなかった。その買い付け値段も1月から40%高騰しているのだという(The Times 2008-3-30)。

 人口増と田の減少がその原因とされているけれど、実はフィリピンだけの話ではない。同じ記事によれば、過去30年で米の消費量そのものが増えているそうで、一人当たり62kgから86kgへと増え、その消費量は40%増えている。世界の米の備蓄そのものが、2000年と比べて半減しているのだそうだ。

 それでは米農家は大喜びしているかといえば、そんなことはない。儲かるのは米流通に関わっている業者たちだけで、その利益が農家にまで下りてくるシステムにはなっていないからだ。記事の中では、逆に物価全般が上がって自殺に追い込まれるインドの農民の話も紹介されている。2006年の新聞記事では、インドで6年間に10万人の農民が自殺したと報道されていた。GDPが大きく伸びているのに、農業の生産高は伸びていない。貧しい農民たちは、ちょっとした災害や天候の変化に大きく左右され、GDPの伸びに持ちこたえれらないのだ(朝日2006-6-14)。

 儲かるのは川下ばかりで、川上にはツケだけが回ってくる。同じ構造なんだなぁ。

2008年03月15日

3月運営委員会

 草の根援助運動は、17年前の設立当初から、運営委員全員が月一回集まって全体の動きについて報告と相談をするという方法をとっています。NPO法人としての定款にはない会議ですが、すべての決定はここでなされるシステムになっています。

 3月は事務局の古澤さんはフィリピン出張中、他にも欠席が多く、やや寂しい会議になりました。
 今回の運営委員会で話した中で大きな話は・・・

1 6月下旬、インドNGOスタッフ来日。

 インドの現地スタッフ・シャクンタラは、僕らがターゲットにしている山岳民族ドンゴリア・コンドの出身で、かれこれ10年以上スタッフとして働いてくれている。山岳民族の言葉クイ語と平地の人々の言葉オリア語の両方がしゃべれるので(英語も少々)、僕らのプロジェクトのキーパーソンといってもいい。
 過去5年にわたりこの地のプロジェクトを支援してくれている神奈川の高校教職員組合の委員長がほれ込み、私費を投じてくれることになり、来日が実現します。
 彼女をどこに連れて行ってなにを話してもらうか、海外旅行が初めての彼女にどんな日本を見せるか、今から楽しみです。

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 写真の左から2番目がシャクンタラ。真ん中は草の根援助運動共同代表の山中さん。

2 5月に横浜で行われるアフリカ支援会議TICADに向けた動き。
 草の根援助運動はアフリカ支援はしたことがないので、直接関わるわけではないのですが、地元で行われる大きな会議だけに、それなりに動くことはあります。4月に1回・6月に2回行う学習会では、TICADと、それに夏北海道で行われるG8サミットが大きなテーマになります。

3 4/12発行のニュースレターについて。TICADの話が1面。他にもツアーや現地の報告などが盛りだくさん。

 忙しい春になりそうです。

2008年03月11日

『ルポ 貧困大国アメリカ』堤未果 岩波書店

 最新号のTIME誌によると、アメリカ人の100人に1人が刑務所に入っているのだそうだ。20歳から34歳の黒人男性に限れば、それが9人に1人という数字になっている。なんとも驚くべき数字だ。ぐるっと見回しただけでその中に何人も刑務所経験者がいるということになる。治安を良くするために法の執行を厳格化したという背景はあるにしても、国として、社会としてどこかおかしい。

 この本でも、さらに驚くような数字がたくさん示されている。六千万人が一日7ドル以下で暮らしている。ニューヨークの児童の四分の一が貧困児童で、その三分の二は福祉事業である無料―割引給食を受けている。ルイジアナ州では、住民の二人に一人が福祉のフードスタンプをもらっている・・・。
 
 最近、ニュースだったかメルマガだったかで、軍のリクルーターを校内から追い出した高校生たちの話を聞いて、アメリカにもそうした反戦意識がまだあるのか、と感心したのだったが、『貧困大国』によるとどうもそういうことではないらしい。それができる人々と、できない人々がいる、ということらしいのだ。

 生活が苦しく、将来の希望ももてない若者たちにとっては、相手がテロリストなのか、戦いが国を守るのかなどということは後回し。軍の存在が最後の希望なのだ。「一人の人間として最低限の生活を送るための、最も確実な選択肢が軍に入隊すること」になっている。
 貧しい若者たちは、軍の勧誘条件のひとつである大学の学費負担に魅力を感じ、現状から抜け出す唯一の希望として、軍に入る。だから、貧しい地区の高校では、軍のリクルーターが構内に入ってくるのを拒否できない。拒否できるのは豊かな地区の高校だけなのだ。
 イラクで働くトラック運転手らの状況も似たようなものだ。海外での勤務、高い給料、という言葉に惹かれて応募してきた人々が、そうした危険な勤務についている。本の中で紹介されている、そうした勤務で白血病になった男性の話には気持ちが暗くなる。

 こうした貧困格差の現状がなぜ起きてきているのかについては本書はそれほど分析していない。しかし、端々に見え隠れするのは、意図的な格差づくりだ。以前僕は、こうした格差づくり=グローバリゼーションの大波が、不可避的な動きであるようにも感じていた。しかしそうではない。少なくとも、「暴走型市場原理システム」が怪物のように成長していくのを、楽しみに眺めている人々がいる。それは、こうした人々をターゲットとして儲けている人々、「貧困ビジネス」で着々と資産を貯めていく人々だ。

 「国家単位の世界観をひっくりかえさなければ、いつのまにか一方的に呑み込まれていきかねないほどの恐ろしい暴走型市場原理システム」。この貧困大国は、すぐそこにまで迫っている(あるいはもう飲み込まれている)日本の姿でもある。

2008年03月05日

K-DECのこと

 『草の根援助運動』が僕の活動拠点ですが、それ以外にもあります。そのひとつが、『かながわ開発教育センター(K-DEC)』。3年前に、仲間たちと、この神奈川にこだわった開発教育を、とつくりました。

http://kdec.npgo.jp/

 最初は大学のゼミのように一年間通して行うセミナーを計画していたのだけれど、人が集まらなかったので断念。代わりに、さまざまなテーマで単発セミナーをうつ「かながわ地球市民塾」を中心に据えました。神奈川の野菜とか魚とか、スローライフとか、中華街訪問とか、ユニークなセミナーをやってきたと思います。
 今はそれに加えて外の組織からの請負いのセミナーをやったり、「ワークショップ道場」とか「教材研究セミナー」といった開発教育全般のいろいろな催しを実施中。

 今僕が考えているのは、2月にJICA主催・K-DEC企画で実施した、「国際理解教育・開発教育指導者セミナー」から生まれた(まだ生まれていないけど)『サニさんの一日』教材をつくること。

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 サニさんはパキスタン生まれ、日本の高校を卒業して自動車販売の仕事をしている、敬虔なムスリム青年。毎日、最近横浜に出来たモスクに通っています。2月のセミナーにゲストで来てもらい、話を聞きました。一日に5回の礼拝を実際にはどうやっているのか、その祈りの中身はなにか、それ以外の時間はどうすごしているのか、興味深い話がいっぱい。これを写真とワークショップをからめた教材にしてみよう、というのが目下の目論見です。
 こういう教材というのは、一人で考えていてもうまくいかない。みんなで相談しながら、試行錯誤を繰り返して作ります。一緒にやってもいいよ、という方!ご連絡ください!
  

2008年03月02日

サンタメルセデス・インゴの家

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この家は、サンタメルセデスの村はずれに建つ家。なんと住人であるインゴの手作り。

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 インゴは、54歳。温厚そうな、落ち着いた表情をした男性だ。新しくはないがきれいに洗濯されたポロシャツからのぞく腕は筋肉質で、贅肉のない体をしている。
 同居しているマーリンとインゴは、出会ったとき、マニラの大きな邸宅で働いていた。インゴはドライバー、マーリンは洗濯係だった。そこで恋に落ちて、二人で別の海沿いの町で住むようになったのが15年前だ。それからもいろいろな仕事をしてきたが、町の生活がいやになり、2年前この村に移り住んだ。親戚がこの村の有力者の家で家事手伝いをしていたので、それが縁だという。集落の奥の方にも土地はあるのだが、二人はむしろ、こちらの海沿いの場所を選んだ。

 インゴは大工の技術を持っているので、家もあずまやも、全部自分で建てた。材木も、山の木を自分で切り出したのだそうだ。もちろん電気はない。水道もない。裏山の方に水のわき出ているところがあるので、水はそこから汲んでくる。燃料は木炭で、インゴは今、主にその木炭つくりで生活している。
 マーリンの方は、小さな畑でできる野菜や庭にあるマンゴーの実などを村で売る。

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 家の中には、これも自分で作ったという、シンプルだけれど座り心地の良さそうな大きなイスが2つ。木の皮と巧みに使った仕切りと、竹をつかった大きめのすだれのようなもので、家の中は整然と整理されている。その隙間から、海から反射した光がはらはらと流れ込む。

 豊かな暮らしであるわけはない。木炭を売り、マンゴーを売って稼げる額はたかがしれている。日本の物価とは比べられないにしても、生活必需品を買えば、トントンの生活。
 今のところ無頓着に木を切っているけれど、それが再生不可能な速度にまで山を痩せさせることにはならないか、という疑問もある。この生活が10年続けられるだろうか?病気になったらどうだろうか?実は上院議員の土地であるこの場所から、ある日突然出て行けと言われたら、どうだろうか。

 しかし、それでもやはり、思ってしまう。これは、とても「豊かな生活」なのではないだろうか。