みんなおんなじ、とパレート改善
教員をしている友人がこんな記事を見つけた。
鳥取の小学校は「学級委員長」なし 「なれない子どもが傷つくから」?
恥ずかしながら、こういった学校があることを知らなかった。
鳥取市では20年ぶりに1校だけ「学級委員長」が復活するということは、
学部で同期だった鳥取出身の私の友人は、公立の小学校に通っていたなら、
学級委員長がいない環境で育ったということだ。
今まで話題にしたことがなかっただけなのか、彼女は私学に通っていたのか。
学級委員長がいないということよりも私が驚いたのは、
徒競争も全員が同時にゴールできるよう、
生徒によってコースを変えたりしているということ。
この記事を読んで、ふと最近の授業'Health in Economics'で習った
「パレート改善(Pareto Improvement)」の問題とつながっているような気がしたので、
問題を出してみよう。
【問題】
マリッサ医師とフィリピナス医師は、一次試験の結果が知らされた後、’疫学201’の教授に以下の方針を勧めた。どれがパレート改善か特定し、その理由を説明せよ。
※疫学201の通常の方針では、3度異なる範囲の試験を受け、その3度の試験の点数の全てを合わせた平均点が75%を超えていないと、最終試験を受けることとなっている。
A.最終試験はなし。全員が現段階の成績をつけられる。
B.最終試験は任意。現段階の成績のままか、最終試験により成績が決まる。
C.最終試験は必須。ただし、その生徒の平均点があがる場合のみ最終試験の点数が考慮される。
D.最終試験は必須。ただし、点数は高得点の生徒から得点の低い生徒に分配され、全員が同じ成績をつけられる。
E.どんな点数に関わらず、教授は全員に1(一番良い)をつける。
F.最終試験は必須。ただし、最終試験の結果に満足しなかったものはもう一度最終試験を受けられる。
’改善’のチャンスがあるものがパレート改善。
’みんなおんなじ’では、より高い点数がとれる人にとって、改善のチャンスはない。
だから、徒競争をみんな同じにゴールすることはパレート改善ではない。
と、ここにパレート改善の議論を持ち込むことが正しいのかわからないけれど、
「授業のテスト」と「徒競争」は少しは同じ性質があると思う。
徒競争で同時にゴールする学校にとっては、パレート改善の論理よりも
’みんなおんなじ’の方が大事なのだろう。
そうなのだろうか。私は徒競争はほぼいつもビリだったから、
代わりに勉強を頑張ったのかもしれないし。
今は追いつくだけで必死ですが…
’みんなおんなじ’というと語弊があるかもしれない。
♪No.1にならなくてもいい、元々特別なonly one~♪という歌詞のように、
みんなおんなじ、じゃなくて、みんな違って、それでいて特別。
徒競争でコースを別にして一緒にゴールをするということも、
’世界で一つだけの花’で言う'only one'を表現したいのかもしれない。
ゴールを一緒にしたらもはや徒競争ではないけれど…。
私としては学級委員長がいても、徒競争でビリになっても、
そういう環境があるからこそ、「○○ちゃんはすごいなぁ、私ももっと頑張ろう」
って思えたのだと思う。
どのようにして能力が延びるのか、能力を延ばすのかは人それぞれ。
けれど、パレート改善の問題で見ると、
より良い点数がとれる人は、より高い評価を受けることがなくなってしまう。
それで能力は延びるのだろうか。
世の中ではノーベル賞とかミス・ユニバースとか、
目に見えるところで競争が行われているのだから、
人より抜きんでないと賞を獲得することはできないのだから、
’みんなおんなじ’感覚で育つと、
賞を取るとか、何か目的のために行動するという
モチベーションが起こりにくくなるのではないだろうか。
かなり長くなってしまったのでそろそろこの辺で。。
結論は出せないけれど、個人的には、
「もっと頑張ろう」という気持ち、向上心は大事だと思う。
コメント
ちぇろさん面白いこと考えました。
でも、残念!
パレート改善は、同じ条件下の競争で、すべての参加者の利益が均衡するパレート最適までたどり着くためのプロセスだから、徒競走では成り立ちません。だって、やり直しがきかないし、第一パレート最適解がないでしょ?同じく、一人の委員長を決める場合も無理。
ついでに言うと、パレート最適は分配の平等を問わず、社会全体としての状態を指すんですよね。だから、超大金持ちと極貧が存在するパレート最適はあり得る。
そういう意味では、パレート最適はかなり問題ありです。
もうひとつついでに、教育に競争を持ち込むのは、根本的な間違いがたくさんあると思っています。それはいずれ。
投稿者: 小野ペリー | 2009年03月01日 17:09
ペリーさん補足ありがとうございます。いやー私、勉強不足ですね。。
パレート最適は'nobody is worsen off and some are better off'だから、ちょっとのsome(大金持)がbetter offしてもいいんですものね。
教育に競争を持ち込むことの間違い、今度色々教えて下さい!
投稿者: chelo | 2009年03月01日 19:30