Simbulan教授の、米軍基地跡地に関する講義を聞いた。
(恥ずかしながらこの話題に関する知識が全然ないので、
このブログ記事は講義内容とつぶやきと捉えて下さい。)
フィリピンでは1991年に米軍基地が撤退し(正確には1992年の基地転換法で完全に撤退)、
基地の跡地は工業団地などへと変わっている。
フィリピンで一番大きな米軍基地はシンガポールより大きかったという。
米軍基地となっていた土地は本来もちろん、
農民などそこに住んでいるフィリピンの人々のための土地であった。
基地の跡地はそういったフィリピンの人々の手に戻されるべきだったのだけれど、
跡地にある企業は日本や韓国などの企業が中心である。
大学をでていないとこういった企業で働くことは難しいのだと、
米軍基地跡地問題に取り組む女性が語っていた。
工業廃水は海を汚し、地元の漁民に影響を与えている。
基地がなくなった後も米軍は、国連決議に従った
グローバル・テロリズム対策の訓練のためフィリピンにやってきている。
(1999年にVisiting Force Agreementが結ばれている。)
船などでやってきて数日間滞在していくのだが、
その数日間のみ、訓練地に女性が集まってくる。
やってきている米軍向けのビジネス、
いわゆる売春のためだ。
しかもホテルなんか行かないで、教会の隅などがそういう場となっているという。
(おいおい、という話なのだけど、ここで一番レクチャーが盛り上がっていたような…)
北コタバトの紛争が問題となっているミンダナオ島には、
USAID(米国国際開発庁)のプロジェクトが多く入っている。
USAIDは人道援助の名のもとに入ってきているが、
太平洋へ出ていきやすい地理的条件や、
天然資源が豊富なことがその理由であろう。
…ここからつぶやき…
そういえば去年、横須賀基地で大変不愉快な思いをした。
横須賀の花火大会を、横須賀基地から見られるということで、
横須賀駅から長々と歩いていった。
入り口のガードににらまれ、身分証を見せろという。
そんな風に言われている人は周りにいなかったし、何が問題か全くわからない。
その当時働いていた会社の保健証を見せた、と思う。
特に問題はなかった。
免許証を見せて、そこに書いてある「フィリピン」という字を見たら
色々聞かれたかもしれない。
(シャルルドゴール空港では別室に連れて行かれたし、
ニューアーク空港でも多少聞かれた。なんとも不愉快だ。)
基地の中にあるファーストフード店などで働いてたのはほとんど、
(というか多分全員)フィリピン人だったけど。
基地の中に入るのはきっとあれが最初で最後だ。